トシヒトのブログ

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自分自身、小学生から、社会人まで、良い出会いは、無かった。小学生の時は、放課後、集団で、椅子に体を縛り、毎日、暴行を受けた。勉強する気分にならい、当然、テストは、最悪、20点など、テストの結果で、親から、殴られ、中学生でも、同じ、先生から、高校行けなかったら、自殺しますね。て言われた。中学生の最後のテストは、白紙で、出したが、先生から、何も言われなかった。管理職教員ばかり、自分の出世ばかり考えている奴ら。その時は、俺が、自殺するくらいなら、全員皆殺しにしてやると思った。受かった高校は、東京学園で、ビーバップハイスクールの映画見たな学校、今は、さすが廃校になりました。皆殺しの夢を叶える為、細菌兵器を作ろうと思った。農芸化学で、遺伝子工学で、細菌兵器を作り、復習をしようと思った。そんな考えだから、当然落ちた。当時、貧乏な家が、多く、大学進学は、ほとんど無かった。祖母からも、金無いのなぜ大学へ行くのかなて、叱責された。自分は、負けたく無かった。かろうじて、2年浪人して、国士舘大学へ進学した。実家も、障害者の弟の暴力が、酷かった。社会人になっても、いじめが、酷かった。仕事を教えない上司、社会福祉法人東京コロニーの営業でも働いたが、退職強要に会った。福祉の世界でも、いじめや退職強要、人生に絶望した。爆弾積んで、働いていた施設や、関連団代を自爆テロしようと思った。こんな気持ちを変えたきっかけは、結婚した事とアフガニスタンで、亡くなった。中村哲さんの生き様のニュースで、あった。中村哲さんみたいに能力ないけど、微力ながら、人の為に行きたいと思った。あと、父の行き方。父は、若い時、人の為に尽くした。それを知ったのが、叔父の葬儀に父宛にお礼を言いに来た人が、いた。父は、老人ホームに入っていたので、葬儀には、参列できなかった。「お父さんには、助けられたら、ありがとうて伝えて下さい」と言って立ち去った。中村哲さん、父みたいに、最後、誰かに「ありがとう」て言われいと思った。今、noteで、詩を作って、投稿している。一人でも、救いになればと思い作っています。あと気持ちが、元気になれる映画作りたいと思っています。希望を持って生きる事大変だけど、少しでも、力になれたらて、思っています。