人が簡単に死んでしまうことは知ってた。知ってたさ。あっけなく死んだ友人も先輩もいた。

 でも馴れるものではないんですね。

 落ち着いた声の人だった。世界の片隅の、ふつうの耳には届かない声を聴きとり、そして誰かに届けられる人だった。国を追われた人に寄り添い続ける人だった。子どもたちのためなら、どこまでも闘い、労をいとわぬ人だった。そうした人々の微かな呻きや、小さく漏れ出たため息がきこえてしまう人だった。

 庭の草むらの、その葉の裏側にも彩りがあり生きているものが息づいていることを教えてくれた人だった。私の狭い世界のなかに、見えないところで生きている人たちの姿を見させてくれる人だった。この生きている世界の中で、最期に小さな息をもらす。それを感じさせてくれる人だった。

 その人の最期のため息のような一筋の呼気を、その微かな空気の揺れを私は見逃し、聞き逃してしまった。

 そのとき、私は何をしていたんだろう?
 たぶん、PCに向かって何かの文章を打ち込んでいたはずだ。まるで自分のその言葉がただの騒音のように思えるよ。

 ……さん、あなたの最期の一息の分子たちは、いまどこにいますかね?私は、その分子にあなたの気配を感じ取れますかね?

 ……さん、あなたはいまどこにいますかね?