人里離れた森の中に1軒の家がたっていた。
そこにはおじいさんとその息子夫婦ジェフとマリア、そしてその夫婦の10歳になる息子ジニーと
6歳の娘マリーが暮らしていた。
とある夜、マリーは暖炉の傍で椅子に腰掛けているおじいさんに
「おじいちゃん眠れないの。何かお話しきかせて。」とおねだりをしていた。
そうするとおじいさんは静かな声で話しはじめた。
「そうだね。じゃあある男が出会った不思議な森に住む女性についてきかせてあげよう。」
「わーいきかせてきかせて!」
「そうだね、それは・・・。そう、ある男が聞いた噂話からはじまるんだよ。」
1st story:不思議な森
ー酒場のうわさー
男は酒場で飲んでいた。
女店主がその男の前にカウンター越しに話しかけた。
「ここらで見ない顔だね。どっからきたんだい?」
そう聞かれると男は少し暗い顔をして
「なに、記事になるような話はないかと探しているんだが何もみつからなくてね。
今も定時連絡で電話をいれたら、上司にお前は散歩が仕事なのかっと嫌味を言われてきたところだよ。」
男は元気のない笑みを浮かべた。
「記者さんかい、大変だねぇ。まぁこの平和な世の中だなかなか記事にするような話も・・・あっそうだ
まぁ妙な話なんだけどね。ここから少し離れた森に女が一人で暮らしてるのさ。」
「へぇまたなんでそんなとこに?」
「まぁ最後まで話をききなよ。そこに何故すんでるのかはわからないけどね。
そんな場所だ。毎日の食べ物を調達するのも大変だろ?なのに週に1度ぐらいしか
町に出てこないんだよ。それも、せいぜい1日2日程度の食料しか買っていかないんだ。」
「畑でもしてるんじゃないか?」
「それがだね。村のもんがいうには、その娘に荷物を届けにいったんだが周りには
畑なんてなかったっていうんだよ。」
「それは妙だな。森で熊でも狩って食べてるんじゃないか。」
「ばかをお言い。せっかく人がネタになりそうな話をしてあげてるのにふざけるんじゃないよっ。」
「悪い悪い。でもそれは妙な話だなぁ。」
「だろ?それで一度女に聞いてみたんだよ。そしたらなんていったとおもう?
なんとあの女、”毎日玄関に食料が届くんです”だってさ。からかってるのかと思ったけど
そんな風にはみえなくて不思議な話だねぇと適当に話を合わせたけど、きっとなにかあるね。
どうだい興味がわいてきたかい?」
「まぁ記事にする程の話じゃなさそうだが一度調べてみるよ。ありがとよ。」
「いいってことよっ。それよりわかったらあたしにも教えてちょうだいよ。そんときは1杯ぐらい
おごってやるからさ。」
「それは是非ごちそうにならないとな。よしさっそく明日にでもいってみるかな。」
そういうとコップの残った酒を飲み干し、カウンターにお金をおくと男は帰っていった。
ークッキーと紅茶と女ー
翌日早速その女を訪ねて森の方へ出かけていった。
すると途中、森の中に女を一人みかけた。
なにやら供え物をしているようだったが、特に気にも留めず森の奥へと進んでいった。
すると例の女の家らしき建物を見つけた。
「ここが例の女が住む家か。」
コンコン”すみませーんどなかたおられますか”
ドアをノックしてみたが反応はなかった。
「留守か・・・それにしてもここらは動物が多いな。」
あたりは鳥や猿等の鳴き声が聞こえ
ここへ来る途中も、狸や狐の姿も見る事が出来た。
それから小一時間程過ぎた頃、玄関先でうとうとしていると
「あらっどなた?」
女が声をかけてきた。
「おっとこれは失礼。気持ちいい風に吹かれて眠気に誘われていたようだ。えっと(内ポケットをさぐる)
私はこういう者です。」
不思議そうにこちらをみている女に名刺を差し出した。
「・・・記者さんね。わざわざこんな森の奥までいらっしゃるなんて。
記事にするような面白いことは何もないですよ。(ふふっと微笑している)」
「そんな事ないですよ。動物達がそこら中で事件を起こしてますよ!」
「アハハ。面白いことをいうのね。・・・でもそんな事を記事にされるの?」
女は笑みを浮かべ本当の目的は何?という顔をしている。
「いえ実は酒場でちょっとした噂を耳にしましてね。」
「あら何かしら?」
本当にわからないようだ。
「森に住む女性が、週に1度食料を買いにくると。」
「私のことね?それが噂なの?」
「いえいえ。それが1日2日分程の食料で、普段どうやって生活をしてるのかっとね。」
”そういう事ね”といわんばかりの笑みを浮かべ
「立ち話もなんだし、家にはいってちょうだい。まだ3時のおやつには早いけど
おいしいクッキーと紅茶をご馳走するわ。お口に合うかは責任もちかねますけどね。」
そういうとドアを開け男を招き入れた。
中にはいると真ん中にテーブルがあり、奥が炊事場になっていて向かって右側にドアが1つあった。
恐らく寝室になっているのだろう。
「いい家ですね。」
女は例のクッキーとお茶をテーブルに運びながら
「ありがとう。自慢は広い庭よ。さあ座ってちょうだい。」
冗談まじりに微笑み、席に着くよう促した。
「これはどうも」
男は席に着くとクッキーを一枚口に運んだ。
「さすがに”おいしい”というだけはありますね。」
それを聞いて女は更に笑顔を見せた。
気分を良くさせたところで男は本題にはいった。
「それで、先ほどの話ですが。」
「ええ、私の生活が知りたいってお話ね。あなたが記者さんじゃなかったら
まるで好意をよせてもらってるようね。」
「はは、確かに。少し照れくさいですね。」
「まぁ私の生活は特に変わっことはないわよ。ただ1つ不思議な事が起こるぐらいでね。」
「ほー不思議な事とは?」
「毎朝、ベッドから起きて顔を洗って”さあ今日も1日がんばるわよ”と顔をパンッと叩いて気合をいれて外にでると
家の前で果実やらお魚達が出迎えてくれるのよ。」
「え?ちょっと待って下さいっ。・・・えっと、つまり・・・毎日誰かが貴女のために食料を調達して贈り物として
家の前においていってくれると?」
「ええ、そうよ」
いたずらが成功した様な顔で女は微笑んだ。
「まぁ当然不思議に思うわよね。」
「魅力的な女性という点からはありえないとは言えませんが、信じがたい話ではありますね。」
「ふふ・・・。ありがとうそういってもらえると嬉しいけど、まぁ私も最初は誰かがおいていってくれたのかと思ったけど
翌日も、その翌日も続くものだから不思議に思って、いつもより早起きしてそこの窓の隙間から見張る事にしたの。」
「そうするとね。(また悪戯な微笑みを浮かべ)森の奥からリスやお猿さんが木の実や果物を咥えておいていったのよね。
それはまぁびっくりしたわ。どこかの紳士か農場主でも現れると思っていたから。でも、そこで驚いていたらなんとね
奥から熊が出てきて怖くて声が出そうになったわ。でも、でもね。その熊、お魚を咥えていてそのお魚を果物の傍においてさっていったの」
「その後も森の動物達が同じように木の実やらなんやらおいていって、まるでおとぎ話を目で見ているようだったわ
信じられないかもしれないけど、これが事の真相よ」
女は忙しく表情を変えながら最終的に笑顔に落ち着いたようだった。
女の話を聞いて男は困惑の表情を浮かべながら、なんだか詐欺にでもあっている気分だった。
こんな話を聞かされてすんなり納得出来るほど純粋な心は残念ながら持ち合わせていなかったが
それ以上に追求しようとはしなかった。
「なるほど・・・。ちょっと俄かには信じがたい話ですね。」
「それはそうでしょうね。まるで絵本の中の登場人物にでもなったような気分よ」
男はそのあとも女の話を聞きながら、子供のように目を光らせながら話す女の言葉に
不思議と嘘を言ってるようには思えなく表情が和らいでいた。
そうしてクッキーと紅茶がなくなるころ
「とても楽しい時間をありがとう。もう少しお話を聞いていたいところですが
暗くなる前に帰るとします。」
「あら、そう?残念ね私ももう少しお話していたかったのに。またクッキーの味が恋しくなったら
いつでも来てくれると嬉しいわ。」
「それは是非来なくては。楽しみにしています。では私はこれで。」
「ええ。またね。」
そういうと男は女の家を後にした。
帰宅途中森の中で男は女の話について考えていた。
”動物が食べ物をもってきてくれる家か・・・。ははっありえないな。まぁでもこんな仕事をしていると
たまにはこういう話も信じてみたくなるものだな。”
女の話が上手かったのか、クッキーと紅茶の美味さにやられたのか、普段嫌というほど現実を見ているせいか
男はそんな思いにかられていた。
その時ふいに林のほうから音がきこえた。
”がさがさ”
「!?」
音が鳴るほうを振り返ると、なんと熊がいたのだ。男は慌てて身を隠した。
しばらくすると熊は見えなくなっていったが、その熊は魚を咥えていた。
「・・・まさか・・・ね」
男はそういうと自分を笑うように鼻で笑い、笑顔を浮かべてまた家に向かい歩き出した。
その足取りはとても軽やかだった。
END
「さて話はこれで終わりだよ。おっと寝ていたか」
そういうとおじいさんはこちらにやってきたマリアに静かに手招きし
マリーが寝ている事を目配せで伝えた。
マリアはそっとマリーを抱き部屋へと連れて行った。
「今度はどんな話をしてあげようかの」
そういうとおじいさんは優しい表情で暖炉を見つめていた。
窓の外では雪が優しく森を染めていた。