2011年3月11日14時46分、宮城県の海底沖で日本で観測史上最大のマグニチュード9.0という巨大大地震が起き、岩手沖から茨城沖までの広範囲を地震が襲いました。
更に地震だけではなく、10m以上となる津波までもが起き、家をもろとも飲み込んだのです。
これにより、福島原発問題も浮上し、日本は経済的に大きな打撃を受け、被害は甚大なものとなりました。
それから、ちょうど5か月経った8月11日。
夏休みという時間を利用して宮城県石巻市へボランティアへ行ってきました。
上手く空いている日を利用して私に何かできることはないだろうか、と考えたところ目に止まったのが旅行会社の企画ボランティアでした。
大きな節目となるこの日に、私がボランティアへ参加できたというのも何かの縁を感じますし、変な話ではありますがとても光栄に思います。
今回、私が訪れたのは落し物拾得物センターという場所です。
こちらでは、がれきの下から出てきた持ち主が分からない物が保管されていました。
今でも毎日家族の持ち物を探す方たちがいらっしゃるそうです。
ぼろぼろになったランドセル、壊れた鍵盤ハーモニカ、笑顔で仲間と共に写っている写真・・・
これらを見て、震災が起こる前までは家族と共に幸せに暮らしていたことが手にとるように伺えました。
たった一度の災害により、多くの命を犠牲にし人々の幸せを奪った震災は、自然の摂理とはいえ人間の力では何も太刀打ちできなかったということに非常に歯がゆさを感じ胸が痛くなりました。
そのような状況下の中で、実際に拾得物センターで活動していらっしゃる現地のボランティア団体の皆さんは私たち以上に元気で明るかったんです。
正直、現地の方々にどういう顔で会ったらいいかわからないという思いがあったんですが、逆に私たちが元気を与えてもらってしまったような気分になって圧倒されてしまいました。
きっと、あのボランティアの方々の中にも、親族を亡くされた方もいらっしゃるでしょう。
それを乗り越えて前向きに生きているその姿勢に励まされ、逆に何も被害を受けていない人間がシケた面をしていてどうすんだと。自分がやれることを精一杯やるために来たんだろと。
逆に喝を入れられ、がれきの下に埋まっていた写真の汚れを取る作業に取り掛かりました。
とにかく、汚れが尋常ではなくて、顔が全く分からないような写真も多く見受けられました。
でも、そんな写真でも喜ぶ人たちがいる、作業の効率これこれの問題ではない、とにかく写真が欲しいと感じる全ての被災者の方々の顔を想像して写真を綺麗にしてほしいと言われ、一枚一枚人の命を扱うような思いで取り組みました。
最初は、人の顔かなんなのかも分からない写真でも、歯ブラシで汚れをとっていると人の顔が徐々に浮き上がってくるのが実感できるんです。
祈るようにして、ひたすら写真を綺麗にしました。
そして、終わりのときに今日写真を取りに来た方々が、涙を流し感謝をしながら大切に写真を持っていったという話を聞き、自分でも少しは人の役に立つことができたのかと思ったら、決してここまで足を運んだことは無意味ではなかったんだと感じ心が温かくなりました。
その場にいた関西から来ていた高校生・大学生のボランティアの団体の皆さん、宮城のボランティアの皆さん、そして私たち、境遇は違いますが被災者の方々のために最善を尽くしたいという思いは同じだったと思います。
その中で、一丸となって写真を洗浄したということに対し結束力が生まれ、狭い空間ではありますが日本が一つになった気がしました。
作業を終えて拾得物センターを後にし、被災地の現状を生で見ることができました。
津波が起きて、民家があったらしいが今は撤去作業が行われ綺麗になっている土地。
津波により観光バスが横転してそのままになっている。
見えにくいが、津波の影響により学校の屋上というあり得ない場所にバスが乗っかっている。
地震で崩壊したガソリンスタンド。
テレビでは見たことはありましたが、実際に生で見るとショックが大きかったです。
とても人が住めるよう場所ではなくなっていました。
そして、小学校の屋上にバスが乗っかっている光景を見たら分かるように、津波が10mをゆうに超えていたということが分かっていただけるかと思います。
あのようなものが自分の身に襲いかかってきたらひとたまりもありません。
最後に、11日でまるまる5か月経ったということで大川小学校へ黙祷を捧げに行ってきました。
あれから5カ月、東北の方々はもう5カ月、まだ5カ月という複雑な思いであるかと思います。
しかし、震災当初と比べメディアの報道も減り、被害に遭っていない人間からは東日本大震災の記憶は徐々に薄れつつあります。
一見、事態は収束したと思われがちですが、実際には写真のように手がつけられていない場所もあって、まだまだ復興への道はほど遠いです。
人々の関心が薄れる=支援が少なくなることを意味します。
東北だから関係ないではなく、我が母国日本の仲間が元気がないから支えてあげるべきです。
最初だけやっとけばいいやという気持ちではなく、記憶から消えそうな今、私たちがまた手を差し伸べるべきなのだと思います。
生きていることに感謝をし、自分は地球に生かされていることを考えながら、私たちが地球に恩返しをする。
この気持ちが一番大事のだと感じました。
今回、泊まった場所で知らない方々と5人で泊まり仲良くなったり、サービスエリアでつくば市から来たという見知らぬおばあちゃんと喋りボランティアのことを感謝されたりする機会があり、人の出会いが多くありました。
こうやって、人と関わることにより私たちは同じ人間であり、仲間なんだと強く感じることができました。
最近は損得感情で物事を決めがちであり、あれをやったら自分が傷つくから安全な方向を選ぶという保守的な傾向が多く見られますが、そこから相手の感情を読み取り一歩踏み出す勇気が重要だなと思いました。
それはボランティアの精神でもあり、普段の人間関係にも共通することだと思います。
仲間がSOSを出している今、私たちが一歩踏み出さなければなりません。
遠方だとなかなか実際にボランティアへ行くこともできないので、募金でも、救援物資でもなんでも少しでも力になりたいと思ったら行動に移すことが大切なのです。
どんな些細なことでも、喜んでくれる人は絶対に存在します。
全員で新たに日本の元気を取り戻しましょう。
立ち上がれ、ニッポン!!!!!!!!!!!!




















