これまで3回にわたり、新しいUI(ユーザーインタフェース)や「mixiページ」の導入、「足あと問題」について、その背景や狙いを詳しく述べてきた。本連載の記事内容は、笠原健治社長、原田明典副社長兼COOへのロングインタビューと、広報部への取材を元にしている。特に笠原氏、原田氏に行ったインタビューは2時間半に及ぶもので、2人の経営者の考えや目下の悩みについて率直なコメントを得ることができた。

【図:「足あと」機能を「訪問者」機能に変更した背景、ほか】

 実は9月上旬のインタビューと同じ日、私たち(Business Media 誠の吉岡編集長と筆者)の後に、元ITmedia News記者の岡田有花氏も両氏への取材を行っている。岡田氏は、mixiを立ち上げたばかりで規模数万人の頃から笠原氏をいちはやく取材するなど、長年このサービスを見守ってきただけあり、的確な問題提起を行っている。

 しかしネット上の反応を見ると、この記事で笠原氏らから示された「総合力」「全方位戦略」という言葉に、「果たしてそんなことは可能なのか?」と懸念を示すユーザーが少なくなかったようだ。

 一連のインタビューの締めくくりとして、Facebookなどの競合サービスの中でmixiがどんな状況にあるのか、mixiが何に悩み、どうそこから抜け出そうとしているのかについて、笠原・原田両氏への取材から見えてきたものをもとに考えてみたい。

●mixiページと足あと――クローズとオープンの狭間にあるジレンマ

 先の記事や本連載の第2回で繰り返し触れられている通り、ミクシィは従来のプライベートでクローズなサービスに加え、「mixiページ」などの新機能を追加することで、パブリックでオープンな領域へサービスを拡張しようとしている。

 これまでmixiは「コミュニティ」を、リアルグラフ(現実の人間関係=ホーム領域)を超えた交流の場として用意してきたが、あくまでこれはユーザー同士が集まって共同で運営する性格の強いものだった。そこで交される情報は、限りなくフラットに近いものだったと言える。

 それに対して、Facebookページ(旧名「ファンページ」)や2011年8月31日に新たに設けられたmixiページでは、場を提供するアカウントが情報の発信源としてイニシアティブを持つ。ユーザー同士のやり取りという“内輪”のコミュニケーション(もちろんそこには良さもあるが)になりがちだったmixiのコミュニティに対して、mixiページやFacebookページはいわば“広報板”に近く、インターネットに対して公開しても違和感が少ないものだ。

 原田副社長が「コミュニティや、通常のアカウントで企業や有名人がmixiに参加することに違和感があった」と述べたのも、この「ページ」にあたる場所がmixiに存在しなかったというのが大きな原因だ。筆者は2010年9月10日に開催されたmixi meetup2010で発表となった「チェック」「イイネ!」機能と、その採用を表明する大手ITサービスの模様を取材しているが、その際、コミュニティ機能の強化(インターネットへの公開を可能にするなど)という形ででも、この「広報板」に当たる場所を用意する必要を指摘していた。約1年経って、ようやくそれが登場したことになる。

図「Facebookとmixi、amebaとの比較」、ほか:(http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1201/16/news017.html)

 図に示したように、mixiはこれで見かけ上はFacebookと同じファンクションを備えたように見えるが、まだ2つ越えなければならないハードルが待ち構えている。匿名(顕名)性というソーシャルメディアを巡る古典的・本質的な課題と、教条的なリアルグラフの重視からサードパーティが離反したことである。これらについては、後ほど詳しく考えていきたい。

 ところでここに至る間、足あとの改修問題が話題となった。連載第3回でも紹介したようにmixiページで行ったアンケートを見ると、まだ多くのユーザーはmixiの説明に納得はしていないようだ。コアなユーザーであるほど、かつてmixiを特徴付けていた日記と対の関係にある足あとに愛着を感じている、ということの表れだろう。

 ただ、既にmixiは日記を中心としたサービスではなく、1つ1つの日記に自動的につく足あとよりも、「イイネ!」ボタンの方がユーザー、運営者双方にとって合理的だという方針は、客観的にも理解できるところだ。2009年9月にスタートしたmixiボイスが、現在mixi内でもっとも活発なソーシャルストリームとなっている今、足あとの持つ「重たさ(=更新内容を見たという証拠が残るにも関わらず反応しないことへの後ろめたさ)」の方が、上の図でいうところの「利用の状況(データ等)」にはネガティブに働く。

 一方、ユーザーからの「声」には、古参ユーザーを中心に、足あと存続を求める声が多く含まれるはずだ。mixiを長く使う古参のユーザー(コミュニティでも熱心に活動するコアなユーザー)にとって「足あと」はmixiのアイデンティティともなっており、いきなり「イイネ!」に移行させるという決断には至らなかったという経緯は、mixiからの発表資料からも見て取れる。

 「足あと」という機能をバッサリ切り捨てるのではなく、「訪問者」という形へ移行することで、mixiが愛着を感じるユーザーと、「重さ」を感じるユーザーの両方、つまり全てを満足させようと試みているのは、現在のmixiの意思決定のあり方を如実に示しているように筆者には感じられる。

●1500万人を等しく満足させることは可能か?

 ユーザー数が200万人を突破した2005年、mixiから発表されたアクティブユーザー率(3日以内にログインしたユーザーの比率)は約70%だった。2011年3月に発表されたデータによれば、ユーザー数2337万人のうち、アクティブユーザー(30日以内にログインしたユーザー)数は1500万人という。

 SNSにおいて月1回のログインを「アクティブ」と呼ぶことが妥当かどうかという議論もあるが、1500万人は東京都の昼間人口にも匹敵する。初期にmixiにこぞって参加した比較的ITリテラシーの高いユーザーだけではなく、2008年に実施された18歳以上から15歳以上への年齢制限の引き下げや、招待がなくても参加できる登録制の導入などを経て、mixiは様々な人が集まる都市にも等しい規模と多様性を持つまでになっている。これだけのユーザーを等しく満足させるのは、非常に困難だ。

 リアルグラフ、つまり現実の人間関係をサービスの強みとする以上、そこでケアしなければならない事項は多岐にわたる。IT系のニュースを賑わせた「足あと問題」以外にも、日々様々な対応に追われていると原田社長は話した。サービスの細かな改修のためにグループインタビュー(ユーザーに集まってもらい、現状や新機能について意見を聞いたりしてフィードバックを得る)は日常的に行われているという。

 筆者の周囲、例えばFacebookやGoogle+に真っ先に飛びついたようなITリテラシーの高いユーザーの中には「最近はmixiにアクセスすることも少なくなった」という人が多いが、原田氏は「そういったユーザーから得られるバリューは、もともとmixiが持っていなかったものだ」と指摘する。もちろん戻っては来てほしいが、メイン、中心層ではなかったという風に氏は見ている。

 つまりmixiは「等しくすべてのユーザー」を満足させようとは考えていない。そういう意味では「全方位」ではない、とも言えるだろう。彼らが重視しているのは、キャズム理論でいうところの、イノベーターやアーリーアダプターのつなぎ止めではなく、マスマジョリティをいかに満足させ続け、他のSNSへの流出や、スマートフォンへ移行する際の離反をどう食い止めるかという点であるはずだ。

 しかし、ネットレイティングスによるmixi利用状況の集計方法の改訂、それに対するmixiの抗議も記憶に新しい。外部サイトからの「イイネ!」APIの呼び出しを集計から削除した結果であり、利用時間数ではFacebookを上回っているという形で、ネットレイティングスが見解を発表することで一応の収束をみたが、そもそも一連の数字は「PCサイト」のみを対象としていることには注意が必要だ。mixiのユーザー層については連載第1回で詳しく書いているが、携帯電話からのアクセスが大半を占めるmixiにとって、現在急速に進んでいるスマートフォンシフトは追い風とはなっていない。

 いずれにせよ、現在mixiを日常的に使う人々、ボリュームゾーンとして大きい“普通のユーザー”へのケアが、経営の意志決定から企画開発まで含め、リソースのかなりの部分を占めていることは間違いなさそうだ。

●mixi meetupへの期待とmixi版API解放の行方

 やや唐突だが、ここでFacebookについてのWikipedia項目から一節を引用する。

 「Facebookのカスタマイズ性は、プレーンテキストのみに対応しているが、Ajaxに対応していたり、自分の好きなアプリケーションを選択して追加できたりするなど、最新の技術に対応している。これらアプリケーションは、Facebookが開発したものよりも、一般のユーザが開発したものが多い。一般ユーザが様々なアプリケーションを開発し、Facebookのツールとして公開できることで、Facebookはそれ自身が持ち備えている性能を超えてサービスを提供することができる」

 先に示した図をもう一度見てほしい。もともと日記をベースとして始まったmixiは、ユーザー数の増加と、それに伴う広告ニーズに応えるため、さまざまな機能を追加していった。2009年からは、TwitterやFacebookといった海外サービスの日本進出を横目でにらみながら、それぞれに対応する機能を付け加えて行くことになる。Facebookのウォールに呼応するような、UIの度重なる改良もその一環だ。当然それらのサービスの開発・運用には人的、技術的リソースが級数的に必要となっていく。2006年の上場はその資金供給を支えつつも、右肩上がりの成長を株主から求めるプレッシャーとなっている面もあるだろう。

 先にWikipediaの一節を紹介したように、APIの開放はFacebookの大きな特徴の1つだ。国内最大手のmixiも、同様の方針を後を追うように採用したのは、この多様かつ増大していくニーズを、外部のリソースを活用して解決していくことを狙ったものだ。そして、それを利用してプラットフォームに参加するサードパーティにももちろん利益(富の分配)がもたらされるべきものだ。2010年9月10日に開催された「mixi meetup」に幅広い関係者が注目し、終日多くの参加者が詰めかけたのには、こういった背景があった。

 mixi meetupでは、「イイネ!」や「チェック」といった新機能、そしてソーシャルアプリの大幅拡充を目指したAPI仕様の開放、それまでは直接の友人関係内でしか認められなかった対戦ゲームの範囲拡大(これをmixiでは「全国大会」と呼んでいた)、アプリ審査の迅速化など、魅力的な施策が発表された。実は筆者自身も、その枠組みを活用したある企業のソーシャルアプリプロジェクトに参加し、これまでとは異なる、プラットフォームとしてのmixiの可能性を目の当たりにすることになった。

 mixi meetupから1年以上が経った。ここで示されたオープン化、mixiのプラットホーム化はうまくいったのだろうか?

 2012年1月現在、結果的にこのオープン化の取り組みは「うまくいった」とは言えない状況にある。昨年の9月以降、以下のような大型アプリが相次いで終了することが報じられているのだ。

●サービス提供を終了した大型mixiアプリ

・Rakoo「みんなの農園」「ハッピーアクアリウム」「RockYou! スピード★レーシング」
・ハッピーターン氏「あしあとプラス」
・ロックユーアジア……提供10タイトル中8タイトルを終了

 また、クリックするだけの「イイネ!」ボタンよりも、コメント付きで投稿のハードルは上がるが、より感情が伝わりやすいとした「mixiチェック」の設置サイトは2000強に留まっている。

●パブリックとプライベートの狭間での試行錯誤

 大型アプリのサービス終了、mixiチェック設置数の伸び悩み――これらは、ゲーム系のソーシャルアプリ、それを専門とするモバゲーやGREEに注力するデベロッパーが増えている、あるいは、イイネ!やチェックボタンが、Facebookの「いいね!」や「シェア」に押されているという見方もできるだろう。しかしそれ以前に、mixiがこれまで、これらの機能をサードパーティが利用するためのAPIの利用規程を頻繁に変更しているという事情がある。利用規程の変更の都度、デベロッパーはアプリやサイトの改修を求められる。これが負担になり、収益の割が合わないという判断に至り、mixiから撤退するケースが多いのだ。

 mixiのAPI利用規程は、図に示したパブリックとプライベートの範囲にまつわる点でこれまでも頻繁に更新されてきた。例えば2010年3月に提示された改定は「デベロッパーが取得できるユーザーIDの範囲を、当該アプリを利用するユーザーとそのマイミクまでとする」というものだった。これによって、足あとの履歴やmixiユーザー同士の対戦を主な目的としたアプリは魅力を大幅に失ってしまうことになる(例えば、人気を集めていた「あしあとプラス」の終了は、これが大きな原因になったと見るのが自然だ)。

 mixiアプリでゲームを提供するデベロッパーの多くは、mixiアプリの魅力を別のところに見いだし、ユーザーの離反を防ぐことに多くの労力を割いている。しかしそれよりも、他のプラットフォーム、特にバーチャルグラフとも呼ばれる、ユーザー同士がより幅広く(リアルな関係に縛られず)対戦・交流できるような環境を用意しているところに引っ越す方を選択するのが合理的という判断に至るデベロッパーが増えているのだ。

 「リアルな知人・友人の更新情報に、見知らぬユーザーからのゲームへの誘いが同じように表示されたら、やっぱり驚くユーザーも多いはずです」と原田氏は述べる。今回のmixiページ開始をきっかけとするタウン構想は、ユーザーが明示的にパブリックの領域に「出掛けた」際に、あたかも現実の街のように様々な情報が飛び込んでくるが、いったん「ホーム=家」に戻れば親しい友人・知人と安心して交流ができるようになることを目指している。

 昨年のオープン化以降も、このようにパブリックとプライベートの狭間でmixiの試行錯誤は続いている。バーチャルグラフを前提とするGREEやモバゲータウンのように、ゲームを中心に据え、はじめからパブリック志向、つまり、見ず知らずの他者との交流を主眼に据えるサービスに対して、リアルグラフ志向のmixiには考慮・調整すべき要素が多い。交流できる範囲を拡大することは、逆にユーザー、特にいまやmixiの利用者層の中心となったライトなユーザー層にとっての不安や唐突感につながるというジレンマがそこにはある。イノベーター層やアーリーアダプター層であれば理解し、ついてこられる変更であっても、ライトなマジョリティ層にとっては苦痛になり得るのだ。

 リアルグラフにこだわるmixiにとって、このことが先に述べた2つのハードルの1つとなっているはずだ。プラットフォームに微妙かつ繊細な調整を加えながらサードパーティとの関係を維持、再構築できるのか。mixiはまさに正念場を迎えている。

 なお、先の図に示したようにアメーバブログ(アメブロ)を展開するサイバーエージェントの場合は、自ら広告代理業を営み、アメーバピグなどの各種アプリサービスの多くを自前で整えている。mixiがオープン化を進め、サードパーティを巻き込んだエコシステムを構築しようとしているのとは対照的だ。

 Facebookも自前で広告を募り、配信できる仕組みを様々に備えているが、mixiは決算短信の中で「インターネットメディア事業の売上高において広告収入への依存度が高いこと、数社の代理店・メディアレップの比率が大きいこと」をリスクとして認めている。マネタイズを景気や季節要因で変動する広告に頼るか、アイテム課金に期待するかで、コンテンツ設計も大きく影響を受けることにも注意しておきたい。

●mixiページはFacebookページたり得るか?

 そしてもう1つのハードルとは、「本人性」の問題だ。いわゆる実名か、匿名かという議論はネット上で頻繁に繰り返されているが、mixiのオープン化にも大きな影響を及ぼしている。

 Facebookの実名へのこだわりはよく知られている。明らかに偽名と分かるケースだけでなく、少し変わった日本語の名前のユーザーに対しても警告メールを送り、公的身分証明書等による確認を求めている。それに応じないユーザーのアカウントを停止するということにも躊躇がないようにさえ見える。最近ではGoogle+も同様のポリシーをもって臨んでいることも明らかになった。

 これに対し、mixiは開設当初は実名での登録を推奨していたが、現在では携帯電話による認証を行っているだけで、特に表示名が実名であるかどうかにはこだわっていない。そのためニックネームで参加しているユーザーも多い。実社会でのしがらみに縛られずに交流を楽しめるという利点がある一方、mixiニュースのコメント欄に見られるように、他者の目を気にしない罵詈雑言も散見される。

 誤解も多いところだが、表示名がニックネームであること=匿名ではない。変更可能なニックネームと異なり、固定となっているmixi IDによって、誰が何を言っているのかはある程度時間を遡って特定可能で、こういった状態を「顕名(けんめい)」と呼ぶ。この状態は、プライベート空間、あるいはコミュニティのような半パブリックな空間では上手く機能していたと言える。むしろ、ネット上に本名を晒すことに強い警戒感がある日本では歓迎されていたのではないだろうか。

 ところが、外部サイトに表示される「チェック」(この記事にも設置してある)や、今回のmixiページの登場によって、状況は変わってくる。誰が何を書いたかが、よりパブリックな場に表出するようになり、その場を提供する者(企業やサイトオーナー)にとっては、やはり「荒れにくい」ことが重視されていく。

 SNSで利用している実名のアカウントでは、いわゆる「炎上」につながる罵詈雑言の投稿は行いにくい。1人のユーザーが複数人になりすまして炎上案件に燃料(過激な投稿)を連続投下するといったことも難しくなる。「ページ」という限りなくパブリックな領域に、炎上リスクを懸念する企業のようなビジネスパートナーを招き入れるには、やはり実名の方が安心感を演出しやすいというのは明らかだ。

 実際、Userlocal社が運営するmixiページ ランキング&トレンドを見ると、フォローの多いページはタレントやアプリに関するものが多く、Facebookページのような企業の利用はまだ数える程しかない。

 バナー広告のような表示型広告であれば、PVもユーザー数も多いmixiが有利だが、企業がユーザーとコミュニケーションを取りながらブランドや企業イメージの浸透を図る事例も増えてきている。その変化に対応したものがこのような消費者とのコミュニケーションの場と言えるだろう。この1年で、Facebookページを開設する企業が増えている中、「実名・顕名」制を取るmixiページがどの程度その利用を伸ばせるかは、mixiがページの運営者やその利用者にいかに安心感を与えられるかにかかっている。

●ジレンマを超越できるのはイノベーション……だが。

 Facebookは2011年9月、国内月間アクティブユーザー(30日以内にアクセスしたユーザー)が500万人に達したと発表した。これはmixiの3分の1に達する規模だ。この記事をまとめている間にも、ソーシャルグラフを自動的に分類するスマートグラフを発表したり、相手とフレンドでなくても更新情報を受け取れるフィード購読機能を開始するなど、矢継ぎ早に機能向上を続けている。

 インタビューで原田氏が「mixiが巨大なソーシャルグラフを内包するようになって以来、それに対応する組織も大きくなってきました。適切な意思決定が各部門で行えるよう体制の整備や権限委譲を進めていた、その矢先にTwitterやFacebookといった海外勢が急速に国内市場にやってきました」と率直に現状を語ったのは印象的だった。加えて、いまアクセスのほとんどを占めるモバイルユーザーのスマートフォンシフトが控えている。そこでの離反をできるだけ避け、mixiはユーザーに魅力を提示し続ける必要もある。

 リアルグラフ、あるいは先の記事で語られた「ローカル(生活密着)」にこだわりつつ、顕名を許容するアカウント(=ゆるやかな本人性)を維持したまま、オープン化に向かうmixi。そのチャレンジは、Facebookや他のソーシャルゲーム系プラットフォームとはまた異なるジレンマや困難を抱えながらのものになる。それを解決するためには、サービス開始数年間に見られたようなイノベーションを再び起こしていくほかないと筆者は考えている。そのためには、それを誘発し支持してくれるようなユーザー層、いわゆるアーリーアダプター層とmixiは今一度対話するべきではないだろうか。例えば、ニコニコ生放送で、「足あと改良」問題について原田氏、笠原氏が語る、といったことがあっても良いはずだ。そういった生身に近いコミュニケーションこそが、バーチャルグラフ中心に台頭するソーシャルゲームや、海外生まれのソーシャルメディア・SNSとmixiの違いを際立たせることになるだろう。

 ユーザーの側からも「mixiはオワコン、トレンドはFacebookやTwitter(あるいはGoogle+)」と断じてしまうのは簡単だ。しかし、2004年の開設から、登録会員数2000万人を超えるユーザーを抱えるまでに成長したmixiは、「国産の情報社会インフラ」とも呼べる存在だ。そのmixiが抱える悩みや努力を、私たち――特にITに関わる関係者やそれに関心を持つ読者が他人事としてとらえて良いのか、今一度考え直してみても良いのではないだろうか?

 圧倒的な登録ユーザー数を背景に、これまで広告媒体として揺るぎない地位を保ってきたmixi。しかし昨年から広告代理店関係者からも「mixiは大丈夫か?」という声が聞こえてくるようになった。創業以来、いわば日本のネットベンチャーの一つのロールモデルで有り続けたmixiがこの難しい時期を乗り切って、「スケールし続ける」ことができるのか、またユーザーはそれを支えきれるのか、あるいは国産サービスをまた1つ見限るのか――日本のITサービスとユーザーの在り方がいままさに問われている。

[まつもとあつし,Business Media 誠]