【送り火の夜と今の朝】


ずっと忘れてた
なんでだろうな

夢で思い出したんだ
リーダーとの懐かしい記憶を

ぬるい風が首元を通り過ぎるのも
足首で渦を巻く水の確かさも
あまりにもリアルで

俺は夢のはじめから
閉じたまぶたの下で泣いてた



〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・



京都の夜   送り火のにおい
鴨川の浅瀬  飛び石にふたり  




社長はホテルの宴会場で大勢の人に囲まれて
赤い顔して五山の送り火を待ってた
時折窓の外の満月を見上げては
いい夜だと何度も言いながらご機嫌で笑ってた

僕と大ちゃんは宴会場を抜け出して
大勢の人でごった返す大通りを抜けて
四条大橋から鴨川沿いの土手道に降りて 

等間隔で座るカップルの後ろを
街の喧騒から逃げるように
川の上流に向かってどんどん走った


ーー  どこへだって行ける  ーー


笑い合いながら見上げた夜空に
それは確信として響いていた

あたりがどんどん暗くなって
足元が不揃いな石ばかりになると
僕らは立ち止まった

虫の声が急に騒しくなって
川面にはポツポツと飛石が見えた

川の音はサワサワ
川の色は濃紺に白波

大ちゃんはすぐに素足になって
飛石の存在なんて無視して

あれだけ踊れる足を
あれだけ人々を魅了する足を
無防備に暗い水に浸した

白いTシャツが離れてくのを見ていたら
僕に手を伸ばして
怖くないからって笑った

つかまった大ちゃんの指先が
くいっと僕を引き寄せて
恋人繋ぎに指を組み合わせた

川の冷たさの中で
それは自然で当然なことに思えた

「暗いね」
猫の目みたいな眼差しの大ちゃんが言う
なんだか黒目に金の輪が見えるんだ

「うん」
自分でも幼いと思える声が出た
まだ声変わりする前みたいな

「にの、目ん中に金色が見える」 
「それは大ちゃんも、、、」

ふと同時に空を見上げた
なにか強烈な違和感

暗がりに慣れた目に星がよく見える
なのに、あったはずの満月がない

「大ちゃん。月が、消えた、、、」
「、、、雲?」
「違うよ。だって星があんなに、、、あと」

「「多すぎる」」言葉が重なった

どう考えても星の数が多すぎる

「にの。音も、、、」
「うん。」

あんなにうるさかった虫の声がしない
今はもう川の流れる音だけ

「大ちゃん、、、」
「ん、、、」

手を繋いでいない方の腕が引き寄せられて
守るように大ちゃんの手が背中に置かれた

その時、川上へ向かって
ざぁーーっと突風が吹き抜けて
同時にふたつの笑い声が
僕らの両側を通り過ぎた

先に気づいたのは僕で
少し遅れて大ちゃんも気がついた

上流の暗がり、3メートル程先に、
ふたり、いる、見える

たぶん、子供?

突風の余韻にふわりふわりと揺れるのは
薄い水色の着物の袖

ふたり同じ着物で帯だけ違う色に見える
明らかに僕らとは違う時代の出で立ち

じっと見つめると着物の向こうの景色が透けてる
水に濡れているはずの裾は軽やかに風に揺れてる


彼らは僕らに気づいていないように
耳元で何かを話しては
くすくすと笑って腕や肩に触れ合っている


怖い感じはない
それは大ちゃんの手のひらからも伝わってた
でも、それよりも、もっと、なにか


ぱっと彼らがこちらを見た
顔はぼんやりとしか見えないけど
白い頬に赤い唇がぽかんと開いてるのが分かる

たぶん同じくらいの年齢
よく見れば背丈も体つきも似ている

片方の子が僕らを指さして
『おなじだ!!』って言った、、、聴こえた

もうひとりがその子の頭をくしゃっとしてから
引き寄せて抱きしめると
そのままなにか話しかけた

しばらくすると
今度はふたりでこちらを向いて微笑んで
バイバイみたいに手を振ると
ついっと向きを変えて上流の方へ
笑いながら走りだした

追いかけるように突風が吹くと
その背中は闇に透けて溶けて
笑い声だけが辺りに響いた
 

そうして、その声も消えると
ふたりがいた川面に満月が映った

見上げれば夜空に同じ満月
虫の声がまた騒しくなって
街の喧騒も聴こえる

「にの」
「うん?」
「おなじ、らしいよ?」
「そう、、、言ってたね」

花火なのか、送り火なのか、
せつなく焦がれた匂いが流れて来た

「じゃあ」大ちゃんがそう言って
さっきのふたりみたいに抱きしめ合った






〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




もう、20年以上前の記憶だ。
あの後、大きな橋の上で
五山の送り火のひとつの〈大〉を見た。




何の字があるのかも知らなかった俺らは
『大野智の大だっ!!』なんて騒いで
人混みの中をいつまでもうろうろして
深夜にホテルに帰ったら事務所の人に怒られて
ふたりで反省してるフリしたらすぐ開放されて

次の日。また大ちゃんは舞台に立っていて
その姿は前見た時よりもずっとずっと凄くて
かっこよくて、きれいで

川で見た幽霊だか幻じゃなくて
ぎゅってしたリーダーの体温ばかりを思い出してた。






そんな時代もあったんです。

『どこへだって行ける』と思った
正しい少年期もあったんです。

凄いな、思い出しちゃったよ。
手の甲で勝手に出ていた涙をぬぐった。

今思うとあの幽霊?も結構すごい経験だと思うんだけど。
送り火の夜、だもんな。
あんなのがあちこちでうようよしてたのかもな

ブラインドを開けて朝の光を入れて
夢の余韻を遠ざけた。

リーダーはもう出て行ったんだろう
早朝ロケだって言ってた。

酒のだるさと腰のだるさをなだめながら
ベットから抜け出してリビングに向かう。

昨日使った食器類はもうテーブルに無かった。
食洗機に入れてくれたのかキッチンから小さくモーター音が聞こえる。

どこを見てもリーダーがいた証拠が無いみたいで
頭の隅がすぅっ冷たくなる感じがした。

こんなのはこれまでと変わらない。
几帳面なリーダーらしい。

でも、思い出ついでに言うと
もっとずっと前はこんな朝も置き手紙くらいはあった。

あの綺麗な字で、おはよう、とか、行ってきます、とか。
そういうのが無くなったのはいつからかな?

ピーという音にキッチンに向かった。
食洗機が終わったらしい。

その時、キッチンカウンターに見慣れないモノがあるのに気がついた。

小さな、黄色や青や赤のプラスチックの、、、

「これ、、、」

マクドナルドのおまけ
ハッピーセットについてくるやつ
ミニオンの、ルービックキューブ?




カウンターの真ん中に
忘れ物じゃないって主張するみたいに置いてある。
そう言えばCM撮影の時にもらったとか言ってた。

「なんだよ?これ?」

音にならないくらいの声でつっこみながら手に取ると
見た目以上に軽くて、
でもちゃんとルービックキューブとして使えるようになっていて、
しばらく指先で遊んでいると口元が緩んでくるのが自分でわかった。


ベットにスマホを取りに行ってLineのアイコンを押す。

「オモチャ忘れてますよ」

すぐに既読がついて手元で音がした

「ちげーよ。お土産!!」

「どうせだったら月見バーガーが良かった」

「わかった」

わかった、、、分かった!?

「いやいや、冗談ですよ?」

今度は既読にならない。現場に着いたのか?
とりあえず、そのままにする。
もう着替えないと俺も仕事の迎えが来る。

クローゼットの一番手前にあった服を手に取る。
部屋着を頭から抜こうとして、
自分が口笛を吹いてることに気がついた。


ーー  どこへだって行けなくても  ーー

こんな気持ちにはなれる。

あんな小さなおもちゃひとつで
口笛を吹くような


どこへだって行けなくても

俺からみたらリーダーは
どこへだって行ってた

たとえば絵、たとえば釣り、
たとえば歌、ダンス

リーダーがすぅーと
リーダーの世界に入る時に

でもそれは長い活動の中で
やっと切り取った刹那
彼の中の彼だけの王国

でも、リーダーはそこでもないどこか、で
自由に、、、十分に、、、が欲しかった


休みたい、は心がずっと望んでたんだ。
本人にさ。


解放して、飽きるまで
放電して、空っぽになるまで


どこかへ行きたい、じゃない

たぶんリーダーが欲しいのは


ーー    どこへだって行ける  ーー


っていう感覚

お休み、の気持ち


だから、さ。
気が向いたら、戻って来てよ。


口笛を吹くくらいに
ライトに想っておくことにしたから






その時のお土産は


笑顔だけでいいから

















end
〜送り火の夜と今の朝〜



tororo(嵐の日の散歩道)