茜色に染まる道に、砂利を擦る音が響く。
まだ慣れない着物の裾捌きを気にしてというのもあるけれど
それよりも今は、身体の怠さがむっちの足を重くしていた。
着付け教室に向かった時に比べれば
焼けるような陽射しは緩んだけれど
夕刻に満ちる蒸した空気が
じわりと体力を奪っていく。
滲んだ汗に小さく息をはき出せば
思いの外熱を含んでいた。
(あー・・・マズイなぁ・・・)
少し前に喉の渇きを覚えたけれど
あと少しで家に着くからと我慢してしまったのを後悔する。
それでもなんとか重い足を進めていると、くらりと眩暈が襲ってきた。
咄嗟に傍の石柱に手をついて、よろけた身体を支えたけれど
もう、これ以上はとても歩けそうにはなかった。
(少し・・・休憩しよう)
むっちは石柱の影に回り込むと、ヒヤリと冷たい石肌に背を預けた。
折り重なる青葉に守られたその場所は
先程まで歩いていた道とは別世界のように
胸が軽くなる、澄んだ空気に満ちていた。
帰り道にこんな場所、あったかな?そんな疑問が浮かんだけれど
まとわる暑さが和いで、少し気持ちが落ち着くと
自然と瞼がおりてくる。
頭の片隅では目を開けなくちゃと思うのに
身体は水に浸ったように、どんどん重く沈んでいく。
ざぁっと風が吹き抜けて
微かに残った抵抗も万緑の香りが散らしてしまう。
夢と現の境目で
せせらぎが子守唄のように流れてくる。
風の清に髪を遊ばせ
まどろみに意識をゆだねていると
どこか懐かしい
泣きたくなるような香りがむっちを包んだ。
「むっちはん・・・」
(この声・・・)
心地良く響く低音に胸が震えた。
この声の主を、自分は知っている。
でも、まさか・・・
『彼』の顔を思い浮かべようとしたけれど
熱中症のぼやけた頭は動いてくれず
媚薬のように流れ込むほろ苦い香りが
むっちを深い眠りに連れ去ってしまった。
*
「んっ・・・」
薄っすらと目を開けると、暗闇に見慣れない天井が浮かび上がる。
どうやらすっかり眠ってしまったようで
あたりは夜の闇に包まれていた。
いつの間に布団で寝たんだろう。
まだ霞がかった頭でぼんやりしていると
ふと、視界の隅に灯りを感じた。
僅かに顔を動かすと
開け放たれた障子の向こうに
幻想的な光景が広がっていた。
まだ夢の中にいるのだろうか。
この場所には見覚えがあった。
あまりの美しさと、そこに居ることへの混乱で
息を飲んだままでいると
傍らで衣擦れの音がした。
「気が付かはりましたか」
心臓が跳ね上がり
まさか。と思いながらも鼓動がはやまるのを止められない。
そろりと反対側へ視線を向けると
傍に着物姿の男性が座っていた。
部屋の暗さに目が慣れず
ゆるく胡坐をかいた朧げな輪郭しか見えないけれど
時折頬を撫でる優しい風はその人が扇いでくれているものだった。
何か言おうと口を開いたけれど
乾いた喉に言葉が張り付いて
ひゅっと小さな風音しか出てこなかった。
「起きられますか?」
慌てて身体を起こそうとすると
背に大きな手が添えられて
腕に抱きこむような形で支えられた。
あの香りが濃くなって
彼にもたれるような体勢に
かぁっと体温が上がっていく。
湯呑を差し出され受け取ろうと手を伸ばすけれど
持ち上げた手はやんわり包まれ
彼の指に繋がれてしまう。
恥ずかしさに耳まで赤くしながら
彼の顔を見上げかけて
あまりの近さにびくりと肩が跳ねた。
急いで視線を逸らしたけれど
上品なのに、どこか色気を含んだ口元が目に焼き付いて
胸のドキドキがおさまらない。
湯呑を傾けられ、されるがままに唇を寄せると
とろりと甘い液体が舌の上を滑っていった。
「ありがとう、ございます…」
壊れそうな心臓を持て余して
そう言うのが精いっぱいだった。
何か言ってくれればいいのに。
彼は繋いだままの指先を
愛おしそうに撫でるだけだった。
辺りを包む夏虫の合唱
風に混じる甘苦い香り
背に感じる彼のぬくもり
全てがリアルに感じられて
頭は混乱するばかり。
彼を確かめたくて
聞きたいことは山ほどあるのに。
聞いてしまったら、この時間が消えてしまうような気がした。
沈黙の中に、すーっと一匹の蛍が迷いこみ
暗闇だった部屋に光をもたらす。
ふわり、ふわりと気まぐれな光は
だんだんとこちらに近づいてくる。
蛍を目で追いながら
鼓動の音が耳にうるさい。
朧げな灯りに
彼の顔が照らされる。
大好きな彼が、そこにいた。
息を飲む私に優しく微笑んで。
これは、夏の夜の夢?
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出遅れましたが、むっちさんお誕生日おめでとうございます♡
7月頭はけっこう暑いイメージだったのですが
なんか最近寒い日もあるぐらいでw
ちょっと季節感を先取りしすぎたようです(^_^;)
そしてむっちさんが書かれた小咄と『蛍』がちょっと被ってしまったり
お祝いにしては暗かったりなのですが
気持ちだけはぎゅっと詰め込んだので受け取っていただけると嬉しいです!
最近なかなか顔を出せませんが
時間ができたらまた絡ませてくださいヾ(*´▽`*)ノ
むっちさんの一年が充実した素敵な年でありますように☆
お誕生日おめでとうございます(≧ω≦)








