軽く自己紹介




日本で生まれてすぐ両親が離婚し、
中国の祖父母に5歳まで育てられ、
小学校入学を機に日本の祖父母に
引き取られその後はほとんど
日本で教育を受けました。
今は、自分のアイデンティティーは
今でこそハーフでよかった


なんて思いますが、、
学生時代は、日中ハーフであることが
たまらなく嫌でした



ハーフだったことがいやだったというより
中国人の血が流れていることが嫌でした。
何故そこまで思ったのかというと、、
日本という国において、全体的に
中国という国、中国人に抱く印象が
悪いことを感じていたからです。
加えて5歳以降は日本の祖父母と暮らし、
中国語も忘れ、母とも年に一度しかあえず、
価値観も、道徳観も、全てにおいて
自分は日本人と変わらないと思っていました。
だからこそ皆が嫌う国の血が
混じっているなんて
とても恥ずかしいことだと感じていました。
毎年夏休みに一ヶ月中国の祖父母に会いに
帰っていましたが、中国は街が汚く、
日本での当たり前のルールもそこにはなく
なんだか野蛮な人たちが多いという印象でした
例えば、痰を道端に吐いたり、夏場男の人が
タンクトップを胸の下までめくり、お腹を
出して歩いていたり、とにかく話し声が
うるさくて喧嘩越しのようだし、
バスに乗る時誰も並ばないし、公共トイレは
本当にヘドができほど汚く使用しているし、
喜怒哀楽の感情表現が激しい人が多くて、
もう嫌なところだらけでした。
私は、当時私は日本人と思い込んでいたし、
日本では、皆がバカにする国の人ではなく
日本で純粋な日本人として馴染んでいきたい
と思っていました。
たまに母が日本に会いに来て、二人で街を
歩いていると母は大きい声で中国語で
話してくるのですが、当時はそれだけで
すれ違う人の視線を感じ、
それがとても恥ずかしくお母さんに
日本語で話して!
と言うと、今度はカタコトな変な日本語で
話しかけてくるのですが、
それは中国の人が一生懸命話している
日本語だと丸わかりで、それも恥ずかしく
下を向いていると、
母は、もうじゃあどうしたらいいのよ!
と怒りだしていました。


いまは本当に母に対して失礼だったし、
なんて心が狭かったんだと思います。
そんなこんなでとにかく
思春期の頃は中国が嫌いでした。
一緒にされたくない!と思っていました。
それがいつからだろう。成長すると共に
徐々に客観的に物事を見ることができる
ようになってきて、考え方が変わりました。
中国という国全体でいうとよくわからない
ですが、私の関わってきた中国人を通じて
徐々に中国嫌いがなくなりました。
これは実際に体験してみないと
その感覚が伝わりづらいと思いますが、、
私の関わってきた中国人は
本当に家族思いな人が多く、
特に自分より年下の友達の面倒見が良く、
心が広く小さい事を気にせず、
外から来る異質なもの、例えば人種や
文化等に対して、偏見を持たずに
受け入れる人が多く、また何か起きた時の
問題解決力が本当に高いです。
それに気づいてからは、日本と比べて
あそこがだめだ!とか思うのでなく
日中どちかからも学べるところは学んで、
自分のものにしていこうと思いました。
思春期の時のまま中国人は野蛮だ。
と思い続けていたら私はその視点から
成長することはなかったと思います。
振り返れば、
全部考え方次第だと思います。
嫌だと思い続ける排他的になるのか、
冷静にみて、いい所は取り入れていくのか。
正直昔は中国じゃなくて、アメリカハーフ
とかになりたかった!!なんてくだらない
こと思っていた時期もありましたが、
こんなことを考えるきっかけに
なったのだから全てに感謝です


