パレスチナ自治区ガザへのイスラエル侵攻、ウクライナの帰属問題、そして中国の海洋進出。まさに国際情勢の不安定化、というか大国の覇権のおとろえなのかもしれません。
イスラエルについては、周辺諸国は敵ばかりなので、当然強硬になりがちなのは理解できます。いやそもそも、少なからずの関連書籍を読んでいるのですが、いまだにイスラエル自体について理解ができていないのです。
世界に対しての警察国家としてのアメリカの衰え。といいますか、軍事能力は向上していると思うのです、が、それを活用する能力が衰えたのでは。いや、今までも圧倒的な「軍事力だけ」であったのかもしれません。そのおごりが国力・影響力の低下をまねいているのかもしれません。このような状況ですので、アメリカにおけるユダヤ(イスラエル)の関心(影響力)が薄れ、イスラエルにとっては自らの存続自体が重要課題となります。けれども、アメリカはあちこちの問題に関わらなければいけないので、その認識自体が時代錯誤とは思いますが、それが覇権国家、パスク・アメリカーナが存続しているという幻想にとらわれているうちにその破綻が現実となったさきがけなのかもしれません。
ついで「ウクライナ」に関して。これでロシアでのプーチン大統領の権威の失墜がうかがわれます
プーチンが大統領選挙に勝利して涙がこぼれたという報道に触れて
もちろんだ。しかし、実際は国家機関を総動員してもことができるのは政権に引き寄
せる六割強に過ぎないということが明らかになった。
佐藤優『新・帝国主義の時代、右巻』329頁
と指摘されています。ということは、ウクライナの新ロシア派とそれを擁護するロシア国内の勢力に対してプーチンが影響力を行使できないのでは、という可能性という不安があります。あくまで可能性として考察したまでです。
ただ、日本を含むG7各国がこのような危惧を可能性として頭の隅においていただきたいものです。
それでも、ウクライナ問題に巻き込まれたような様相のマレーシア航空の旅客機撃墜(?)についてもウクライナのヤツェニュク大統領の辞任表明があって政治的空白が生じるわけでしょうから、真相解明はどうなるのでしょうか。事件の真相はどちらにしろ単純なものでしょうけれども、真相が究明され納得できるものとなるのでしょうか。ウクライナ主流も東部親ロシア派もあまりにも不可解です。たとえば国際世論の影響力によってによってEUに統合されても、不安定の要因があまりに大きい、のでは?
そして、中国の海洋進出について。中国にはいわゆる民主制は浸透しておりませんのはご承知の通り。王朝による支配が、覇権争いに始終していた時代があるにせよ3千年続いているのです。そして今は「中国共産党」という王朝。けれども共産党としてのリアリティーはなくなってしまっている。正否は問わないにしても内政の充実は王朝にとって、自ら墓穴を掘るものでしかなく、ただ、拡張路線を維持することで、延命をはかっているとしか思えません。いやそれは、中国共産党であって、「中華」という帝国についてではありません。今後「中華」がどのように存続してゆくのか、非常に興味深い。十年やそこらのスパンの変革でしょうけれども。
アメリカの覇権の相対的な衰え、ロシアにおける選挙による強権の衰え、中国共産党による最後のあがきのような拡張路線。このような状況で「集団的自衛権」を容認した日本。アメリカ追従路線でしょうが、あまりにタイミングは悪いし、状況判断を逸している思うのです。
近代日本の権力者は一度判断したことについて、それにとらわれて、猪突猛進という愚かさを繰り返した、ということを思い出していただきたい。
サッカーワールドカップは、今週初めにドイツの優勝で決着しました。おもいっきりタイミングはずれていますが、まったく興味がなかったもので、プレーがどうのこうのというのではないのですから、ひとつの話題としてとりあげるという、たんなるニュース扱いです。
今次のワールドカップについての大きな不満は、日本時間での放映時間です。なんと決勝トーナメントの放送は午前5時・6時になってしまっていて、いつもの朝のNHKニュースが見られない。この番組をたいして評価しているわけでもないのですが、あまりテレビを見ないもので、このニュース番組が唯一のいわゆるテレビ的なマスメディアの接点なのですから、なければものさびしい。新聞の休刊日のようなものですかね。習慣の一部の欠如です。
けれども今次のワールドカップで、日本は早々に敗退しましたよね。そのせいかどうかはわかりませんが、私のまわりでは、ワールドカップ自体が全く話題になりませんでした。たとえば日本が決勝トーナメントにすすんでいたら状況は違ったのかもしれませんが、何とも同質の狭い世間で生きているのだな、と実感したしだいです。
ほんとうに危機的状況です。たしかにその手の話題には積極的に参加しようとは思いませんし、それについての知識もありませんし、応援しようという気持ちもありません。そのために価値観の異なる人を避けているのでは、との懸念を感じています。
しかし、実際はどうだったのでしょうか。スポーツの祭典で、観客や視聴者は観戦することを楽しみ、日本チームの活躍の希望が早々に断たれて、プチ・ナショナリズムを基盤とする……、正確なことは断言する情報は持っていません。けれども新聞では大きなあつかいでした。そのわりには世間(わたしにとっての狭い)では話題になっていない。どういうこと?と不思議が募るばかり。
そんなことはどうでもいいのです。わたしがなぜスポーツ観戦に興味を持てないかです。第一の理由は長時間のテレビ観戦に耐えられないからです、が、それよりも町田康がたしかエッセイで述べられていたのですが、競技スポーツの不道徳性です。だって、フェイントとかスキを見つけて味方にとって有利な状況をつくりだす、なんてとてもほめられたことではありません。「あなたたち、良心の呵責はないのですか。その行為に喝采する人たちってどうなの」て思ってしまいます。しょせん社会の現実なんてこんなもの、といえばそうまでですが、やはり後ろめたさをどこかで感じていてもらいたいものです。
たとえば、〈坊っちゃん〉(夏目漱石)がこの時代の同時代人だったとして、たしかに潔癖症すぎるきらいはあるのですが、憤慨して、そちらの方に共感をおぼえます。
今次のワールドカップについての大きな不満は、日本時間での放映時間です。なんと決勝トーナメントの放送は午前5時・6時になってしまっていて、いつもの朝のNHKニュースが見られない。この番組をたいして評価しているわけでもないのですが、あまりテレビを見ないもので、このニュース番組が唯一のいわゆるテレビ的なマスメディアの接点なのですから、なければものさびしい。新聞の休刊日のようなものですかね。習慣の一部の欠如です。
けれども今次のワールドカップで、日本は早々に敗退しましたよね。そのせいかどうかはわかりませんが、私のまわりでは、ワールドカップ自体が全く話題になりませんでした。たとえば日本が決勝トーナメントにすすんでいたら状況は違ったのかもしれませんが、何とも同質の狭い世間で生きているのだな、と実感したしだいです。
ほんとうに危機的状況です。たしかにその手の話題には積極的に参加しようとは思いませんし、それについての知識もありませんし、応援しようという気持ちもありません。そのために価値観の異なる人を避けているのでは、との懸念を感じています。
しかし、実際はどうだったのでしょうか。スポーツの祭典で、観客や視聴者は観戦することを楽しみ、日本チームの活躍の希望が早々に断たれて、プチ・ナショナリズムを基盤とする……、正確なことは断言する情報は持っていません。けれども新聞では大きなあつかいでした。そのわりには世間(わたしにとっての狭い)では話題になっていない。どういうこと?と不思議が募るばかり。
そんなことはどうでもいいのです。わたしがなぜスポーツ観戦に興味を持てないかです。第一の理由は長時間のテレビ観戦に耐えられないからです、が、それよりも町田康がたしかエッセイで述べられていたのですが、競技スポーツの不道徳性です。だって、フェイントとかスキを見つけて味方にとって有利な状況をつくりだす、なんてとてもほめられたことではありません。「あなたたち、良心の呵責はないのですか。その行為に喝采する人たちってどうなの」て思ってしまいます。しょせん社会の現実なんてこんなもの、といえばそうまでですが、やはり後ろめたさをどこかで感じていてもらいたいものです。
たとえば、〈坊っちゃん〉(夏目漱石)がこの時代の同時代人だったとして、たしかに潔癖症すぎるきらいはあるのですが、憤慨して、そちらの方に共感をおぼえます。
ウナギって国際自然保護連合(IUCN)によってレッドリストに登録されたのですよね。今次ではニホンウナギが指定され注目されましたが、なんとウナギ科18種のうち12種が登録されているとのことです(くわしく調べたわけではないので精度は保証しかねます)。
話はそれますが、科学的な名称ではなぜ「ニッポン」ではなく「ニホン」となるのでしょうか。「ニホン」と命名の際に指定するのは日本の科学者であると思うのですが。
閑話休題。ウナギについてです。ウナギ科自体が絶滅の危機であって、それでその消費の多くは日本であるのでしょう。ということは絶滅して困るのも日本人。しかし多少高価格になったとはいえ、スーパーではかば焼きが、チェーン店でもうな丼はあるし、コンビニでは土用の丑の予約はしているしで、このギャップはなんなんでしょうか。
いや、真面目にウナギを扱う業者や生産者、提供する料理店はもちろん否定するつもりはありません。今だってハレのものですから、良心的なところはお値段も高い。それだけでいいではありませんか。
けれども「ウナギ好き」の私から見ても、この状況下で、商売ベースの供給の維持はおかしいと思うわけです。最大の消費国は資源保護に関して細心の注意を払うべきです。これも、よく言われる我が国の危機感の欠如のあらわれ、なのかもしれません。他国はウナギ絶滅しても消費地日本に輸出するものがなくなるだけで、倫理が問われるのは消費している日本だけなのなのは明白でしょう。
このように、消費と資源保護のその状況での優劣のつけまちがいをしているようでは、国際的な評価は心許ない。
これで連想されるのは、「捕鯨」に関する問題。これは調査捕鯨として資源として危機的状況にないものに限られて適応している、というのが日本の見解です。けれども、反捕鯨国はある特定の地域・時代だけの文化に従っています。科学的根拠はより細心の注意を払っている日本に多くあると思うのですが、これは国際的に問題として扱われているからでしかありません。
けれども、半養殖が可能なウナギについては能天気なまま。いや国際的な討議の場にあがるまでは、都合の悪い点には見てみないふり。これではいくらこちらが正しくても、発言に信憑性はありません。
たぶん5年もあれば十分だと思うのです。養殖などの効率に期待せず、ウナギという資源に敬意をもって接しましょう。
話はそれますが、科学的な名称ではなぜ「ニッポン」ではなく「ニホン」となるのでしょうか。「ニホン」と命名の際に指定するのは日本の科学者であると思うのですが。
閑話休題。ウナギについてです。ウナギ科自体が絶滅の危機であって、それでその消費の多くは日本であるのでしょう。ということは絶滅して困るのも日本人。しかし多少高価格になったとはいえ、スーパーではかば焼きが、チェーン店でもうな丼はあるし、コンビニでは土用の丑の予約はしているしで、このギャップはなんなんでしょうか。
いや、真面目にウナギを扱う業者や生産者、提供する料理店はもちろん否定するつもりはありません。今だってハレのものですから、良心的なところはお値段も高い。それだけでいいではありませんか。
けれども「ウナギ好き」の私から見ても、この状況下で、商売ベースの供給の維持はおかしいと思うわけです。最大の消費国は資源保護に関して細心の注意を払うべきです。これも、よく言われる我が国の危機感の欠如のあらわれ、なのかもしれません。他国はウナギ絶滅しても消費地日本に輸出するものがなくなるだけで、倫理が問われるのは消費している日本だけなのなのは明白でしょう。
このように、消費と資源保護のその状況での優劣のつけまちがいをしているようでは、国際的な評価は心許ない。
これで連想されるのは、「捕鯨」に関する問題。これは調査捕鯨として資源として危機的状況にないものに限られて適応している、というのが日本の見解です。けれども、反捕鯨国はある特定の地域・時代だけの文化に従っています。科学的根拠はより細心の注意を払っている日本に多くあると思うのですが、これは国際的に問題として扱われているからでしかありません。
けれども、半養殖が可能なウナギについては能天気なまま。いや国際的な討議の場にあがるまでは、都合の悪い点には見てみないふり。これではいくらこちらが正しくても、発言に信憑性はありません。
たぶん5年もあれば十分だと思うのです。養殖などの効率に期待せず、ウナギという資源に敬意をもって接しましょう。
『あいまいな日本の私』
これは大江健三郎のノーベル文学賞受賞スピーチを岩波新書として書籍化したもの。この自己規定が、私にとって非常にシックリとするのです。
で、読み直そうとしたのですが、本が見つからない。とことん探すのも面倒なので、アマゾンに発注、そんなにじっくり読まないでしょうけれども、気になった本を手に取るのは重要だと思うのです。当時読んだので、内容はおぼえていないのですが、これほど今の日本を憂うのに適切な言葉は見当たりません。
野々村竜太郎兵庫県議員の辞職届が受理されました。ご存知のとおり領収書なしの政務費の不正疑惑によるものですね。記者会見を含め、その一連が茶番劇みたい。引き際はどのような経緯かは興味もないですが、潔い、のかもしれません。
それに引き替え、東京都議会でのみんなの党・塩村文夏都議に対するセクハラ野次。自民党・鈴木章浩都議は自民党離脱はしましたが……、いやこれは個人のポリシーの問題。はじめは指摘されて「うそ」の見解を表明をしたのでした。これも不問にしておきます。良心の問題ですから。問題は近辺におられた都議の扱いでしょう。国政与党の自民党はこの件に関して、強い非難声明をしておられるのですから、せめて当日の議席の配置図くらいは公表させる圧力があってもよいのではないでしょうか。
この頃新聞の週刊誌広告を見ていると、塩村都議のスキャンダルめいたもの(実際に記事は読んでいないので断言できないのですが、見出しを見る限り夜の世界ではよく見かける光景と大差ないのでは、脇が甘いといえばそれだけのことです)。なぜマスメディアはこのように悪役のレッテルを消費し(当てはめ)たがるのでしょうか。
そういえば、都議会においてのセクハラ野次について、つねづね嫌韓の発言をされている方たちはどのように思われたのでしょうか。かの国では女性大統領である。我が国の現状を悲観するくらいのリテラシーがあってほしいものです。
これは大江健三郎のノーベル文学賞受賞スピーチを岩波新書として書籍化したもの。この自己規定が、私にとって非常にシックリとするのです。
で、読み直そうとしたのですが、本が見つからない。とことん探すのも面倒なので、アマゾンに発注、そんなにじっくり読まないでしょうけれども、気になった本を手に取るのは重要だと思うのです。当時読んだので、内容はおぼえていないのですが、これほど今の日本を憂うのに適切な言葉は見当たりません。
野々村竜太郎兵庫県議員の辞職届が受理されました。ご存知のとおり領収書なしの政務費の不正疑惑によるものですね。記者会見を含め、その一連が茶番劇みたい。引き際はどのような経緯かは興味もないですが、潔い、のかもしれません。
それに引き替え、東京都議会でのみんなの党・塩村文夏都議に対するセクハラ野次。自民党・鈴木章浩都議は自民党離脱はしましたが……、いやこれは個人のポリシーの問題。はじめは指摘されて「うそ」の見解を表明をしたのでした。これも不問にしておきます。良心の問題ですから。問題は近辺におられた都議の扱いでしょう。国政与党の自民党はこの件に関して、強い非難声明をしておられるのですから、せめて当日の議席の配置図くらいは公表させる圧力があってもよいのではないでしょうか。
この頃新聞の週刊誌広告を見ていると、塩村都議のスキャンダルめいたもの(実際に記事は読んでいないので断言できないのですが、見出しを見る限り夜の世界ではよく見かける光景と大差ないのでは、脇が甘いといえばそれだけのことです)。なぜマスメディアはこのように悪役のレッテルを消費し(当てはめ)たがるのでしょうか。
そういえば、都議会においてのセクハラ野次について、つねづね嫌韓の発言をされている方たちはどのように思われたのでしょうか。かの国では女性大統領である。我が国の現状を悲観するくらいのリテラシーがあってほしいものです。
パソコンは夜10時以降は触れない、というのを自分に課しています。というのも、夜遅くまでズルズルと使っていると、私の場合、寝付きも睡眠の質自体もあまりよくないことになってしまうのです。そして布団に入る時間を11時としてその一時間前には、ということです。ということはパソコンを起動しない、という日もよくあります。
こんなことは、あまり関心をもたれないでしょうが、話題がタイムリーさに欠ける、ということの言い訳です。その遅れただけ、自分の中で「発酵」できるのではないか、と思い込んでおります。
これも少し前のニュースから。
関西経済同友会は、TPP=環太平洋パートナーシップ協定への参加が農業の体質強
化に向けた改革のラストチャンスだとして、農地の大規模化や農産品の輸出拡大に取
り組むべきだという提言をまとめました。
(略)法律を改正して農地を大規模にしやすくしたり、民間企業の農業への参入を促
したりすることで、生産性の向上や担い手の確保に取り組むべきだとしています。
(略)
関西経済同友会の農業改革委員会の小林洋一委員長は、「TPPの有無にかかわら
ず、農家の平均年齢が66歳に達し、このままでいいのかという問題意識が提言の
ベースになっている。農業を生産者ではなく消費者の視点で考えるべきだ」と話して
います。
NHK関西 NEWS WEB
http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20140408/3559501.html
なんという論理なんでしょうね。第一次産業と二次産業の区別も理解しておられないらしい。それどころか、「消費者の視点で考えるべきだ」といっておられるように、すべての産業をひっくるめて第三次産業的に、ということなのでしょうか。
農業の問題点も、一番問題点として考えるべきは、高齢化や小規模であることではなく、農地転用や耕作地放棄などの農家自体が、生産者であることを重視せず、私たちがいう「賢い消費者」であろうとしていることでしょう。
こんなことは、あまり関心をもたれないでしょうが、話題がタイムリーさに欠ける、ということの言い訳です。その遅れただけ、自分の中で「発酵」できるのではないか、と思い込んでおります。
これも少し前のニュースから。
関西経済同友会は、TPP=環太平洋パートナーシップ協定への参加が農業の体質強
化に向けた改革のラストチャンスだとして、農地の大規模化や農産品の輸出拡大に取
り組むべきだという提言をまとめました。
(略)法律を改正して農地を大規模にしやすくしたり、民間企業の農業への参入を促
したりすることで、生産性の向上や担い手の確保に取り組むべきだとしています。
(略)
関西経済同友会の農業改革委員会の小林洋一委員長は、「TPPの有無にかかわら
ず、農家の平均年齢が66歳に達し、このままでいいのかという問題意識が提言の
ベースになっている。農業を生産者ではなく消費者の視点で考えるべきだ」と話して
います。
NHK関西 NEWS WEB
http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20140408/3559501.html
なんという論理なんでしょうね。第一次産業と二次産業の区別も理解しておられないらしい。それどころか、「消費者の視点で考えるべきだ」といっておられるように、すべての産業をひっくるめて第三次産業的に、ということなのでしょうか。
農業の問題点も、一番問題点として考えるべきは、高齢化や小規模であることではなく、農地転用や耕作地放棄などの農家自体が、生産者であることを重視せず、私たちがいう「賢い消費者」であろうとしていることでしょう。
