政権中枢での“緊縮財政派”と“積極財政派”との対抗関係から読み解く、2つのスキャンダル

 

1.2つのスキャンダル事件の背景を考える

2.現在日本の権力闘争の最前線

(1)権力闘争の焦点の移行

(2)対立軸は“緊縮財政” VS“積極財政”

3.岸田政権下における権力闘争の激化

(1)世界規模での対立軸

(2)岸田政権下での対立

(3)積極財政派の動き

(4)緊縮財政(財政再建)派の動き

(5)当面の焦点

4.2つのスキャンダルの狙い~『1億円選挙買収』疑惑

(1)自民党京都府連『1億円選挙買収』疑惑

(2)自民党京都選挙買収報道の特質

(3)自民党京都選挙買収報道がもたらす効果

5.2つのスキャンダルの狙い~『経済安保室長の更迭』に至るスキャンダル

(1)経済安保法案責任者の無届兼業および不倫疑惑

(2)藤井室長スキャンダルの背景~経済安全保障の重要性

(3)新自由主義と対立する経済安全保障

(4)経済安保をめぐる“緊縮”VS“積極財政派”の対抗関係の現状

(5)更迭された藤井氏の位置づけと財務省と経産省の関係

6.背景が見えるようになってくるために

 

 

1.2つのスキャンダル事件の背景を考える

今、2つのスキャンダルのニュースが報じられています。1つは自民党京都府連の内部文章リークによる『1億円選挙買収』疑惑。もう1つは、闇兼業と女性新聞記者との不倫疑惑にもとづく『藤井俊彦経済安保法制準備室長の更迭』事件です。

 

世の中の事象というのは、どういう観点と動機から眺めるかによって見え方が変わってきます。この2つのスキャンダルも、ある視点から捉えると、案の定という絶妙のタイミングで報じられたという感がしてきます。

 

もちろん絶対に正しい観点などなく、またこの2つのスキャンダルが孕む道義的・法的責任を無視するものではありません。しかしこのスキャンダルがこのタイミングで報じられた背景を、ある観点から見ておくことは、私たちの生活と日本の将来にも結構深く関わることなのかもしれないと思われるので、そこで浮かび上がってくる構図を以下に整理しておきたいと思います。

 

2.現在日本の権力闘争の最前線

(1)権力闘争の焦点の移行

現在の日本の政治的対抗軸が、もはや「保守対リベラル」などではないことは、多くの人が実感することでしょう。むしろ焦点となるのは、日本が30年近くに亘り続けてきた「新自由主義とグローバリズム」により、国の成長が滞って衰退し、私たちも孤立化・貧困化していっている生活・経済的状況に対する評価です。

 

新自由主義というのは、自由競争によって企業活力を引き出し、また自己責任よって個人の自助努力を求めることで、経済を活性化させようとする政策です。そのために、競争障壁となる規制を緩和(構造改革)し、政府の関与を低め(緊縮財政、小さな政府)、企業が世界中のどこででも自由に儲けられて、また国内でも安い労働力が使えるように(グローバリズム、移民<技能実習生>・非正規雇用)政策が推進されてきました。

 

その結果、1997年以来日本のGDPは500兆円少しのまま停滞し、企業は利益と内部留保を膨らませたものの投資を減退させ、競争力もイノベーションを起こす活力も失いました。そして私たち国民の平均所得も、600万円から400万円台に落ち込み、さらに消費税の増税が可処分所得の落ち込みに拍車をかける状況にあります。

 

なんと30年近くにも亘るデフレ経済を続けるという、人類が資本主義経済に移行して以来、類を見ない歴史的な停滞状況を日本にもたらし、また政府もいたずらに(経費補填だけのために)債務を膨らませ続けるという状況にあるのです。そして前菅政権までは、財政再建を旗印に、ひたすら国民に我慢を強いてついには諦めに至らせるという、この新自由主義的政策を押し進め続けてきたのです。

 

(2)対立軸は“緊縮財政” VS“積極財政”へ

しかしこの状況に一石を投じたのは、衆議院選挙を控えた昨年秋の自民党総裁選挙でした。新型コロナ・パンデミックに対応できない劣化した行政機構と、停滞する日本経済の再建を目指し、岸田文雄現総理が、新自由主義からの決別と新しい資本主義(公益資本主義)を掲げて、河野太郎氏等“緊縮財政”派を破って当選したのです。

 

岸田総理の掲げたのは、新型コロナ対応と経済回復のために躊躇なく財政支出を行い、財政再建については、経済の立て直しを図ってからという“積極財政”政策でした。

『第207回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説』

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2021/1206shoshinhyomei.html

 

この選挙戦は、小泉政権時における反緊縮財政派の粛清(ex.郵政民営化反対派への、選挙区での刺客候補擁立)以来の“緊縮財政” VS “積極財政”の政治的対立軸の明確化でした。ここで緊縮財政というのは、新自由主義とグローバリズムにとっての要の政策のことです。一方積極財政・財政支出拡大というのは、政府支出によりデフレを脱却して、必要な規制を含めて公正な市場環境を創出し、“国民経済”を成長軌道に戻すという、反自由主義・反グローバリズムの中核となる政策のことを言います。

 

3.岸田政権下における権力闘争の激化

(1)世界規模での対立軸

ところですでに欧米では、イギリスのブレグジット(EU離脱)や、移民排斥・国家主権を唱える右翼ポッピュリズム政党の台頭、さらにはアメリカの反中国政策等、反グローバリズムの潮流が鮮明となっていました。また緊縮財政から積極財政への転換も、アメリカにおいてトランプ政権に続き現バイデン政権が、大胆に推進しようとしています。さらに環境保護と格差是正の市民運動が、この動きに並走して展開されています。

 

このように“緊縮財政(新自由主義)”VS “積極財政(国民経済再生)”の対立構造は、現代の歴史において世界的に展開し、当然日本もその例外ではいられ無くなっているのです。

 

もちろん現実の社会は複雑で、様々な利害関係が複雑に絡み合い、各勢力を単純に“緊縮財政派”と“積極財政派”に色分けすることなど出来ません。またどちらに進む方が自分たちにとって“得”になるのかも、不分明なところがあります。しかしながらこれまで権力を掌握し、緊縮財政・グローバリズム・規制緩和という新自由主義政策を推進してきた勢力、そしてそこから利益を得てきた勢力(グローバル企業、国際金融資本、財務省等)があるのは間違いなく、そうした勢力が、権力(政治的・経済的影響力)を簡単に手放すはずはなく、一方から他方への移行は容易に進むものではないのは明らかです。

 

(2)岸田政権下での対立

その状況は、岸田政権においても同じです。岸田総理は新自由主義からの決別と財政支出の拡大を表明しているのですが、それが単なる総裁選を勝利するための方便にすぎなかったのかどうか、総理の本心はわかりません。仮に“積極財政”が意向だとしても、これからの日本社会と私たちの生活を大きく転換するものであるだけに、総理個人の一存だけで簡単に転換を図れるものではありません。

 

それ故に、一方で財政支出による経済再生を謳いながら、同時に財政均衡(緊縮財政)をも目指すというアンビバレントな政策を掲げ、わざと緊縮・積極財政両派を競わせる構図を作り出しているようにも見えます。そして勝利した方の政策を推進するか、あるいは両派のバランスの上に立って自分自身の政権の長期化を図る。現段階ではそう勘ぐられても仕方が無い政権運営を行っているようにも見えます(もっとも少しバランスを崩せば、政権から引きずり降ろされるという危険を孕んではいるのですが)。

 

このため現在、最高権力者である岸田総理の意思決定をめぐって、緊縮財政派と積極財政派の影響力行使をめぐる闘争が熾烈化しています。そこでまず両派の動きを以下に整理しながら、当面何が次の焦点になるのかを明らかにすることで、2つのスキャンダル事件の及ぼす効果について考える糸口としていってみたいと思います。

 

(3)積極財政派の動き

<2021年6月>

・自民党総裁選に先立って経済産業省が、『産業政策の新機軸~新たな産業政策への挑戦』を発表。かつてない規模での財政支出を伴う強力な産業政策を打ち出し、また積極財政派の多田明弘氏が事務次官に就任

・これまでは新自由主義政策推進の急先鋒であった経済産業省であったが、結局小さな政府では産業政策の発揮の余地がなく、経産省の存在意義が希薄化。そのため積極財政へ転換するのはうなずけることだろう。

・またアメリカ~すでに積極財政への転換を図り、新たな対中国世界秩序を模索~からの圧力があったことも推察できる。(安倍元首相の積極財政への宗旨替えの背後にも、アメリカの影響力?)

『経済産業政策の新機軸~新たな産業政策への挑戦』

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sokai/pdf/028_02_00.pdf

<2021年10月>

・自民党総裁選で積極財政の急先鋒であった高市早苗氏が、政務調査会長に就任

<2021年11月>

・自民党政調のもとに、従来の財政再建推進本部に替えて、新たに財政政策検討本部を設置。本部長に自民党内積極財政派の中心である西田昌司参議院議員が就任。(最高顧問には安倍晋三元首相が就任)

今年6月までに6つの課題を検討し、提言を提出。

『自民党「財政政策検討本部」は、積極財政への大転換エンジンとなるか?』(2021.12.14ダイヤモンドオンライン)

https://diamond.jp/articles/-/290238?page=3

<2022年2月>

自民党の若手議員でつくる「責任ある積極財政を推進する議員連盟」が2月9日に設立総会開催。安倍晋三元首相が講師に招かれ、95名が参加。PB(プライマリーバランンス、政府の財政収支)黒字化目標の破棄を求める。

『自民若手が積極財政議連 参院選後にらみ規律派牽制』(2/9 産経ニュース)

https://www.sankei.com/article/20220209-KZGCFQBYGNOGHJ7FJKQGBW2LZM/

 

(4)緊縮財政(財政再建派)の動き

これに対して緊縮財政派の動きはどうでしょうか。

<2021年7月>

財務省内でも厳格な財政再建論者として知られる矢野康治氏が財務事務次官に就任

<2021年10月>

衆議院選挙直前に、矢野財務事務次官が、各党が選挙公約に財政支出による経済対策を掲げたことに対し、「バラまき政策批判」の記事を月刊「文藝春秋」誌に寄稿

『財務事務次官のバラマキ政策批判が話題、国の借金「ワニの口」はなぜ開き続けるのか』(2021.10.30税理士ドットコム)

https://news.yahoo.co.jp/articles/4dbdd42fc5f7f959d42522113fa09d1f5e0fcfc2

<2021年11月>

第二次岸田内閣の内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官に、木原誠二氏、村井英樹氏、寺田稔氏を送り込み、岸田総理の周囲を財務省出身者で固める。

<2021年12月>

岸田総裁直轄で、財政健全化推進本部を立ち上げ。本部長に財政再建派の重鎮として知られる額賀福四郎氏を充て、また最高顧問に麻生太郎副総裁(元財務大臣)を据えて、財務省色の強いメンバーで構成。最初の会合には岸田総理も出席。PB(プライマリーバランス、基礎的財政収支)黒字化を目指す財政健全化の目標年度の検討を行うことを表明

『自民に首相直轄の財政健全化推進本部、年明けにPB目標議論』(2021.12.7ロイター東京)

https://jp.reuters.com/article/japan-ldp-gfin-idJPKBN2IM08L

『自民党“財政本部”が2つ!? 新たな主導権争い勃発か』(2021.12.24NHK)

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/74392.html

<2022年1月>

岸田首相、経済財政諮問会議PB黒字化達成の目標年度の維持を表明。(その一方で、経済あっての財政であり、順番を間違えてはならないとも指摘)

『岸田首相、プライマリーバランス「25年度黒字化」目標維持を表明』(1/14読売オンライン)

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220114-OYT1T50121/

『令和4年1月14日 経済財政諮問会議』

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202201/14keizaishimon.html

 

(5)当面の焦点

以上のように、政府権力の中枢において緊縮財政派と積極財政派のせめぎ合いが続いているのですが、当面の焦点となるのは、財政政策検討本部の動きです。積極財政派の拠点である財政政策検討本部からは、6つの課題の検討を経た上で、6月の政府部内での『骨太の方針』策定までに、恐らく“PB黒字化目標達成の凍結”が提言されてくるでしょう。“財政収支均衡”という目標が外されれば、必要な財政支出を自由に行っていけるようになるからです。

 

ここで『骨太の方針』というのは、首相が議長を務める経済財政諮問会議で策定される「経済財政運営の基本方針」のことで、政府の重要課題や翌年度の予算編成の基本方針を示します。この方針の策定にあたって、政権与党である自民党の政務調査会(積極財政派である高市早苗氏が会長)を通じて提出されてくる財政政策検討本部の提言は無視できないものとなってくるのです。

 

財務省を中心とした緊縮財政派は、岸田総理にPB目標維持を発言させるなど、首相の周囲を固めて、必死で総理の取り込みを図っています。しかし重要なのは、『骨太の方針』でのPB黒字化目標維持の明記を継続することです。ところがこのままでは、それが困難になる可能性も出てきているのです。

 

ではどうするか。こんな時に必ずといってよいほどに出てくるのが、マスコミへの情報リークによるスキャンダルなのです。

 

4.2つのスキャンダルの狙い~『1億円選挙買収』疑惑

(1)自民党京都府連『1億円選挙買収』疑惑

以上のような緊縮財政派と積極財政派の対立構図と、これまで権力を掌握してきた緊縮財政派の追い込まれた状況を念頭に置きつつ、まず自民党京都府連における『1億円選挙買収』の内容と、それがもたらす効果について考えていってみたいと思います。

 

疑惑の内容は、公職選挙法に抵触する買収です。京都の自民党において国政選挙に立候補する議員が、京都府連に資金を寄付し、それを選挙資金として地方議員に50万円ずつ配布したというものです。候補者が直接地方議員に資金を配布すれば買収となりますが、それを京都府連を経由することによりマネーロンダリングを行い、その総額は2013年以来1億円にのぼるというのです。そしてその構図は、広島の河合杏里氏の選挙買収事件と同じだと言います。

『内部文書入手 自民党が「1億円選挙買収」を行っていた≪国会議員・党職員も証言≫』(2/9文春オンライン)

https://news.yahoo.co.jp/articles/f10a6b01fac2ad2fe91bb34fd7627c3ee7b00086?page=1

 

しかしこれだけでは、京都府連から地方議員に配布された資金が、確かに選挙目的に支出されたという確証にはなりません。そのため翌2月10日に今度は毎日新聞から、資金の流れは認めるものの、目的は党勢拡大のためであったという、衆院予算委員会での京都府連当事者の答弁記事が配信されます。

『国家公安委員長(参院京都選出 二之湯 智)、自民京都府連の現金配布を認める 買収の意図は否定』

https://news.yahoo.co.jp/articles/5ee6c5f18ba23e478ac0910659a341e9ff44ca6f

 

そこで2月11日に再び文春オンラインから、念入りにも内部文書には選挙活動資金との表記があるとの追加記事が配信されます。

『自民党京都府連「選挙買収」疑惑 新たな内部文書と証言「選挙活動頑張ってもらうために」』

https://news.yahoo.co.jp/articles/181442986079a0ab6ee7455a39973c49237c5547?page=1

 

(2)自民党京都選挙買収報道の特質

さてこの自民京都の選挙買収報道については、次の4つほどの特質が窺えます。

①報道は一人のジャーナリストの取材に基づくものとなっているが、そのソースは、自民党京都府連の数百枚にのぼる内部文書、および元国会議員、元自民党職員、そして金を受けとったとされる地方議員による裏付け証言によるものとされている。しかし流出ソースの規模や、裏付け証言者の顔ぶれを見ると、かなり組織的に仕組まれた情報漏洩と証言者のお膳立てが疑われてくる。

 

②買収疑惑の真偽のほどは別として、自民党京都府連から地方議員に配布された資金が、確かに選挙目的に使途されたことを立証するのは、かなり難しいと思われる。それにも関わらず河合杏里事件との構図の類似性(はたして類似しているか?)をあえて指摘したり、月刊文藝春秋3月号で10ページにもわたる詳細報道が行われている。どうやら正義を持って断固不正を告発するというよりも、疑惑の可能性があるという印象操作に報道の主眼が置かれていることも推察される。

 

③渦中の自民党京都府連会長は西田昌司参議院議員。つまり財政政策検討本部本部長で自民党内の積極財政派の核となる人物。文春記事では、西田議員がこの資金の流れのフレームをつくったとされ、疑惑の焦点となる人物として報じられている。

『激震!爆弾男・西田昌司発案「1億円越え選挙買収」疑惑・・・自民京都府連“ロンダリング常態化”か』(2月10日 日刊ゲンダイDigital)

https://news.yahoo.co.jp/articles/c6dff7e13c3d05079e5634fc0d6c530be08d2a1b

 

④疑惑の内部文書は2014年まで遡るとされ、またこの手のグレーゾーンに近い資金疑惑は、他にも数多あるはず。それなのに何故わざわざこのタイミングで、しかも自民京都府連の疑惑に絞って報道がなされたのか。それについて考慮の余地を生じさせる。

 

(3)自民党京都選挙買収報道がもたらす効果

さて以上のように、権力の中枢での“緊縮財政派”と“積極財政派”の対立構造を踏まえた上で、この選挙資金疑惑報道の特質を整理してみると、以下のような効果が生じてくることが浮かんできます。

a.疑惑のターゲットは西田昌司参議院議員。

b.検察による不正立件にまで至らずとも、西田議員信認の失墜を図る効果を期待できる。

c.現在財政政策検討本部においては、財政のあり方について順調に検討が進められ、このままでいくと今年の『骨太の方針』策定までに、PB黒字化目標の破棄に向けて、かなり説得力のある提言が出されてくる公算が強い。今西田議員が失脚すればこの検討が滞り、あるいは信用を落とすだけでも、提出される提言の信認を失墜させる効果が期待できる。

 

5.2つのスキャンダルの狙い~『経済安保室長の更迭』に至るスキャンダル

(1)経済安保法案責任者の無届兼業および不倫疑惑

さて上記4.における自民党京都府連『1億円選挙買収』疑惑と同時に、今度は2月10日発売の週刊文春のスクープとして報道されたのが、経済安保推進法案責任者の更迭と、その背景としての無届兼業と不倫についての疑惑です。

 

国家安全保障局(NSS)担当内閣審議官で経済安全保障法制準備室長だった藤井敏彦氏が、無届でビジネススクールの師範として報酬を受けていた(国家公務員法違反)疑惑と、朝日新聞女性記者との不倫疑惑報道によって、更迭された事件です。

『経済安保法案の責任者・藤井敏彦室長「更迭」の理由は無届け兼業と朝日記者不倫』(2月9日文春オンライン)

https://news.yahoo.co.jp/articles/a67056dd8bdd5806a533155b18c5c1881865c67a?page=1

 

経済安保法案に関しては、それまで朝日新聞がたびたびスクープ記事を出していたので、藤井氏が不倫相手の朝日記者に情報漏洩していたのではないかとの疑いも持ち上がりました。

『<経済安保法案の責任者更迭>朝日新聞が記者の不倫で見解発表「業務外のことと判断」』(2月10日文春オンライン)

https://bunshun.jp/articles/-/51995?page=2

 

このスクープを2月6日に知った松野官房長官、岸田総理は即刻対応し、経産省出身の藤井氏を更迭、財務省出身の泉恒有内閣審議官を後任に充てる人事を2月8日付で実施しました。経済安全保障は岸田内閣の重要政策で、2月下旬には経済安保推進法案を国会に提出し、今国会での成立を目指していたたけに、支障をきたさぬよう人事を急がざるを得なかったようです。

『キーマンの室長更迭で岸田政権が直面する「断崖絶壁」』(2/10フライデーデジタル)

https://news.yahoo.co.jp/articles/85f076c154384c39f03aa55edbe55d4445291530

『経済安保室長更迭、法案に影響懸念 重要政策、早々につまずき 岸田政権』(2/10 JIJI.COM)

https://news.yahoo.co.jp/articles/3fa43d0dc4b7e91cf4c7d9cb6592ff960c7babd3

 

(2)藤井室長スキャンダルの背景~経済安全保障の重要性

ところで、経済安全保障とはいったい何でしょうか。一言でいって、その究極はグローバル化した経済の国内回帰です。国内経済の自立的供給力の再生を目指す政策とも言って良いでしょう。

 

1991年のソ連崩壊による冷戦終了後、事実上世界は安全保障の必要が無くなりました。そのため企業が自由に世界中を行きかって、資本投下・労働力利用を行い、存分に利益を上げることの出来るグローバリズムの時代が本格化しました。それはまた、企業が市場原理のみにもとづいて自由に活動できるよう、規制を撤廃する新自由主義が支配した時代でもありました。

 

ところが、近年の中国の台頭による米中対立により様相は一変しました。再び安全保障が世界の重要テーマとして浮上してきたのです。安全保障とは要するに国家の安全保障であって、何も軍備だけに関わるものではありません。国家の独立を維持できるための経済力、つまり供給力(生産力)・安全なサプライチェーン・技術力・知的財産の保護等も重要となってきます。軍事力と経済安全保障は、実は安全保障の両輪なのです(厳密にはさらに人材力・文化力も加わり、今後は自然環境・資源循環力も加わってくることになるでしょう)。

 

そして、アメリカ・イギリスが先導する形で中国・ロシアに対抗しようとする欧米世界は、まさに安全保障を軸に据えて政治経済体制を転換しようとしているのです。

 

(3)新自由主義と対立する経済安全保障

日本もこうした世界の動きに無縁ではおられません。そのため岸田総理は、経済安保推進を総裁選でも公約に謳い、組閣直後の11月には早々に経済安全保障推進会議を創設、内閣官房に専門部署として経済安保法制準備室を設置しました。そして経済安全保障、「岸田内閣の重要課題」として位置付けたのです。

『令和3年11月19日 (第1回)経済安全保障推進会議』

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202111/19keizaianpo.html

 

ただここで注意しておかなければならないことは、経済安全保障新自由主義・グローバリズムと目的が相反するということです。新自由主義は、企業が規制無く自由に世界中で利益追求出来るための政策です。一方経済安全保障は、国家というあらゆる階層からなる共同体(国民国家)全体の安全・利益を守るための政策です。そのため、グローバル企業への規制も余儀ないものとされてきます。

 

また経済安全保障を推進するためには、国内供給力(生産力)の再生や技術開発、知財防衛のために新たな投資資金が必要となります。国民国家共同体全体の利益を配慮するなら、増税や一部の階層の不利益につながるコスト削減によって、この費用のすべてを賄うわけにはいきません。どうしても財政は拡大(積極財政・財政赤字、しかしそれによる景気拡大)方向に向かわざるを得ないのです。

※因みに米国では技術開発投資に5年間で520億ドル、生産の国内回帰のためのサプライチェーン強化のために450億ドルを支出する法案が可決しています。

 

(4)経済安保をめぐる“緊縮”VS“積極”財政派の対抗関係の現状

経済安全保障の推進は、現在の世界情勢から判断して不可避です。しかしこれまで権力の中枢を担ってきた“緊縮財政・新自由主義”勢力からすれば、その影響を限定的なものに留めたいのが本音です。本気で国民国家共同体主導で経済安保が推進されるなら、自由なグローバル市場での活動の規制と大規模な政府支出が行われて、自分たちに優位な経済環境が毀損されてくるからです。

 

その結果、2月1日開催された第4回経済安全保障法制に関する有識者会議において、4本の柱が法案の骨格として提言されました。それが、①サプライチェーン(日本への供給網)の強靭化 ②基幹インフラの安全性・信頼性の確保 ③官民の技術協力 ④特許出願非公開化です。

『経済安全保障法制に関する提言』

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/dai4/teigen.pdf

 

これならば、企業活動への影響も抑えられ、必要な対応への補助金等も期待でます。企業にもメリットがある妥協のラインとしては、適切なところでしょう。それでもこれに対して経団連からは、「過度な制約は課すべきではない」という提言がすかさず発せられています。

『経済安全保障強化に向けた法案 経団連が提言公表』(2/9 NHK)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220209/k10013475311000.html

 

しかしここで問題になるのが、罰則規定です。そのため公明党や自民党の一部を通じ、罰則規定の削除要望が出されてきます。罰則が無くなれば、法案は事実上骨抜きになるからです。

『公明、経済安保法案の罰則削除要望 供給網の報告拒否で』(2/10 日経)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA085PA0Y2A200C2000000/

 

そして2月15日には法案から一部罰則規定が削除される方針が、政府から示されるのです。それは、経産省出身藤井敏彦氏が経済安保法室長から更迭され、財務省出身泉恒有氏が後任に充てられて直後の出来事です。

『<全容>経済安保法案の全容判明 罰則規定の一部削除』(2/15産経ニュース)

https://www.iza.ne.jp/article/20220215-JU6ET6KB7VJXLBOYE2WQXHED5I/

 

(5)更迭された藤井氏の位置づけと財務省と経産省の関係

さてここまで藤井安保法制推進室長更迭に至るスキャンダルの内容と、その後の展開を整理してきたのですが、ここで注意に留めておきたいポイントが3つほどあります。

 

1つは藤井敏彦氏が、安倍政権下の国家安全保障局で経済班準備室が設置された2019年以来、事務方の責任者で経済安保推進のキーマンといえる存在であったことです。経産省出身で、罰則規定による企業活動の制約を含む、より本質的な経済安保を推進(そしてそれは積極財政への道を拓く)しようとしていたことが推察されます。

 

2つ目藤井氏の後任に就いたのが、財務省出身泉恒有氏であったということです。もちろん泉氏も、経済安保には経験のある人物で適任なのでしょうけれども、ここでどうしても財務省経産省スタンスの違い、省益の相違については押さえておく必要があるでしょう。

 

財務省にとっては、収支均衡予算(財政健全化)であれば財源が限られるため、その財源をどう配分するかで権限を振るうことが出来ます。つまり緊縮財政こそが省益であり、財務省の権力の源泉となるのです。そして緊縮財政、つまり小さな政府は、新自由主義とも利害が一致することになります。

 

一方経産省は、財政拡大・大きな政府であるほど経済政策立案の余地が広がり、また政策推進のために必要となる規制は、同省に権限を生み出します。つまり積極財政こそが省益であり、経産省の権力の源泉となるのです。(財務省以外の国土交通省、農林水産省、厚生労働省等現業部門を持つ財務省以外の省庁も、基本的には積極財政の方が省益となります)。

 

この省益の相違は、押さえておいた方が良いでしょう。なお経済安保をめぐる財務省経産省対立構造については、天下り先確保の争いが原因とする報道もあります。しかしそれは庶民の「上級国民」に対するルサンチマンをあおるだけのもので、本質的なものとは言えないでしょう。

『経済安保で経産省VS財務省? 上級国民の椅子取りゲームは「百害あって一利なし」』(2/10ダイアモンドオンライン)

https://news.yahoo.co.jp/articles/7bdf9611a852d629872296407309df0f59b83624?page=3

 

3つ目は、2つのスキャンダルの情報元が、共に文芸春秋で、報道時期もほぼ一致しているということです。『自民党京都府連の1億円選挙買収』疑惑は、月刊「文藝春秋」3月号(2月10日発売)掲載で、『藤井安保法制準備室長の更迭』に至るスキャンダル疑惑は、2月10日発売の「週刊文春」への掲載です。そして昨年の衆議院選挙直前に物議を醸した、「矢野康治財務次官のバラマキ政策批判」が寄稿されたのも、月刊「文藝春秋」11月号(10月8日発売)だったのです。これらの背後に、文芸春秋とパイプを持つ同じ勢力の動きがあるのではと、疑念が浮かんでくることも不思議ではないでしょう。

 

6.背景が見えるようになってくるために

以上現在日本の政治の中枢で生じている財政緊縮派と積極財政派の権力闘争、および両派をそれぞれ代表する財務省経産省の対抗関係を背景にした視点から、2つのスキャンダル事件を見てきました。もちろんこの2つの事件が、意図的に仕組まれたものであるという証拠などはありません。

 

しかし国の財政政策が切り替わるということは、かつて私たちが高成長・バブル経済から、低成長経済への移行を経験したのと同じほど、大きく私たちの生活と人生に影響を及ぼすものとなります。またこれまでも権力の相克の渦中にある人物や機関に対し、グレーゾーンにある多くの疑惑のストックの中から、必要に応じ、絶妙なタイミングで情報リークによるスキャンダル事件が引き起こされてきたことも、忘れてはいけません。

 

そう考えると、「自民党京都府連の1億円選挙買収」疑惑も、「経済安保法制推進室長の更迭」に至る疑惑事件も、単なる道義上のスキャンダルと見なすのではなく、その背景になる動きを念頭に置いて見ておく必要があるでしょう。

 

いずれにせよ今、世界と日本の政治・経済の構造は大きく転換しつつあるのは間違いありません。仮に国の財政が積極方向に転換するとしても、単に国家権力の強化を許すだけのことになると、中国のように専制的な国家資本主義化への道を拓くことになりかねません。幸い現時点での日本の政治権力の正統性は、私たち国民の信任に基づいています。つまり国民国家共同体のすべての成員の福祉向上のために政治が行われるようになるかどうかは、個々の私たちの力量にかかっているのです。その私たちの力量を高めていく方途を、次回以降引き続き考えていきたいと思います。