櫻井です。
NYのBAMのTAのWSを受けました。
↑暗号か。
ニューヨークのブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージックのティーチング・アーティストのワークショップを受けました。
↑読みづらい。
出会う。感じる。体験する。
まんまなキャッチコピーですが、まさにその通り。
BAMの「TA」スティーブによる二日間のアーティスト向けのワークショップを受け、
その体験を経ての、一般市民向けのコミュニケーション・ワークショップにアシスタント参加をしてきました。(その募集チラシが上記の写真)
「TA」とは、ティーチング・アーティストの略。
主に教育現場で、一般教師とは違う立場で子どもたちなどの対象と向き合い、表現力を引き出したり、コミュニケーション・スキルを手ほどきする芸術の専門家を、ニューヨークではそう呼んでいるそうです。
日本ではまだまだ馴染みのない言葉。
年々拡大していっているせんがわ劇場のアウトリーチ活動のひとつの指針を得るために開催された企画です。
本場の「TA」はどうなのか、みたいな。
欧米至上主義、ではありませんが、
ざっくり言って、欧米諸国の教育に関する先進性は、やはりあると思います。
今回のスティーブの言葉や、去年受けたイギリスのアーティストによるワークショップでも聞いた言葉ですが、
アメリカやイギリスでは、小学校程度のレベルから、「演劇の授業」はかなり常態的に行われている。
「それがいい」とは一概には言えませんが、日本の公教育の諸問題に多少なりとも考えを巡らせてきた身、また、演劇の援用性を常々考えてきていた身としては、
日本の小学校、中学校に「演劇の授業」があってもいいんじゃないか、とは、なんとなくではあるけれど感じていて、
それが、いまわたしが演劇のアウトリーチ活動を続けていることの原動力でもあります。
「教育」と「芸術(ないしは演劇)」を結びつけることには、いまの日本の現状では矛盾もあるとは思っています。
日本の公教育の歴史としては、軍国主義の歴史は避けては通れない。軍国主義の下で、日本の近代教育は成り立ってきたわけで、国や「お上」の為に奉仕する人間に、「芸術」の素養、個々人の表現力の発揚は、必要なかった。
それがこれまでの日本の公教育の在り方であったことには疑いないと思います。
この平成の世になっても、公教育に関する根本的な変化がないことが、だいぶ問題。
だからこそ、演劇のアウトリーチ。
だからこそ、TA。
だと、思ってます。
思わぬ部分で、ディープになってきちゃいました。
長くなっちゃったので、今日はここまで。