生きる力は子どもの心の中に隠されている

1939年、『星の王子さま』より前に出版されたサン・テグジュぺリの随筆集 『人間の土地』。
 第八章の最後に
“虐殺されたモーツアルト”という言葉が出てきます。

“虐殺されたモーツアルト”とはいわば「傷つけられた」モーツァルト。

サンテグジュペリがたまたま乗り合わせた列車の中。
フランスを追われて故郷へ帰って行くポーランド人労働者達を目にします。
疲れ果てて重苦しく生気のない大人たちの中で眠るその中で一人の子どもの美しく愛らしい寝顔を彼は見つけ、驚嘆します。
そして、やがてその子もまわりの大人たちのようになるのだろうかと悲しい気持ちになります。
まわりの大人たちにだって昔はその子のような輝きがあったはずだからです。

自分を表現しようとした時、それを周囲の環境や様々なことによって阻害されたり誤解された経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

もう自分を表現することを止めてしまおうかと思うほど傷ついてしまう経験も。

『星の王子さま』の第一章で語られるのはパイロットの苦い思い出。
自分の心にある大事なことを大人たちに理解されず、傷ついた思い出。


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「心の目で見なければ見ることができない」


このことを語る為にサンテグジュペリはこの二枚の絵を物語の最初に持ってきたのでしょう。

『星の王子さま』には、この「虐殺されたモーツァルト」を生き返らせて、大人たちに子どもの頃のようないきいきとした輝きを取り戻してほしいという願いが込められています。

pp1

パイロットは寂しい男でした
人と心を通わせることができず
仕事にも情熱を持つことができないまま
人生を生きて来たのです
砂漠の中でパイロットは一層孤独でした

そんなある朝、突然聞こえて来た少年の声で
彼は目を覚まします
 
S'il vous plaît...dessine-moi un mouton...
お願いです...僕にヒツジを描いてよ...。
王子さまは、
" S'il vous 
plaît" vouvoyer(距離のある間柄の話し方)で声をかけた後、
dessine-moi un mouton
...と後半は、tutoyer(近しい間柄の話し方)を用いて話しかけます。
つまり前半では王子さまは大人のパイロットに敬意を持って話しかけ、
後半では彼の心の中にある「子どもの心」に話しかけていると言えます。

pp3


パイロットはあまりにも長い間「こどもの心」をあきらめていたため、
せっかく自分を理解してくれる存在に出会えたというのに
素直に反応することができませんでした。

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「これは病気の羊!」 「これは牡羊!」 「これは年をとった羊だ!」
こんなことを王子に言われ、飛行機のエンジンの分解が気になっていたパイロットはなげやりにこんな絵を描きました。

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Ça c'est la caisse.
Le mouton que tu veux est dedans.  

(パイロット)これは箱だよ。君の欲しい羊は中にいるよ。

C'est tout à fait comme ça que je le voulais!

(王子さま)僕が欲しかったのはちょうどこんなのだったんだ!

王子さまはこの木箱の絵をとても喜びます。
どうして王子さまは木箱の絵を気に入ったのでしょうか。


『100分de名著』の指南役、水本弘文氏(北九州市立大学名誉教授)の解説によると、この絵には王子に対するいたわりがこめられている。
箱の側面には空気穴が開いており、羊が窒息しないようになっている。
つまり羊を大切だと思っている王子をいたわっている。
パイロットが王子に示した少しばかりのやさしさを王子は受け取ったと言える。

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自分の中にある熱い想いを封じ込めてはいけないんだ。


そうすれば皆もっと


幸せに生きて行くことができるんだよ。