今晩は。 夜分に失礼します。

一年以上お待たせしてしてしまい、本当に申し訳ありません!!

ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

それでは、どうぞ。

 

「やれやれ。本日の任務もこれで終了だな。 ……ん?」

一通りの職務を終えて一息着いていると、ザワリ、と意識が揺れた。

自身を構成するプログラムが何かに引き摺られているような感覚に、彼・佐々木は密かにため息を吐いた。

同時に、同僚であるγとβのみに伝わるよう構築したプログラムに伝言を残す。

この現象が起きた当初はみっともなく慌てたりもしたが、すでに慣れたもの。

さらさらと崩れていく意識に逆らうことなく、佐々木は静かに目を閉じた。

緩やかに自身の再構築が成されていくのを感じながら、ゆっくりと目を開ける。

景色は先程佐々木がいた内務省ティターン級演算モジュールから様変わりしており、どこかの部屋のようだった。

突然の転送に驚いた様子もなく、佐々木は仕方ないと言わんばかりに肩を竦める。

腕捲りをしたシャツに、黒のサスペンダーを留めた黒のズボンと、ピンヒールを模したブーツ。

室内にブーツと言う奇妙な状態ではあるが、プログラム存在である佐々木は可視化することはできても、

現実世界に干渉することはできない。故に、この状況は然程問題ではないのだ。

何より、今目の前にある光景に比べれば遥かにマシだと思う。

佐々木の眼前に広がる光景。それはすでに見慣れた黒髪と、猫のようなアーモンド型の黒の瞳をした、

凛々しさがありながらも幼さの残る端正な顔に、キョトンともポカンともつかない何とも形容しがたい表情を

浮かべて見上げてくる1人の青年。手にした箸から落ちた具材に、まるでマンガだなと思ったのは秘密だ。

「ぁれ、佐々木、さん……?」

「……また貴様か、佐藤弘樹」

「ぇっと……あの……ゴメン、なさい?」

佐々木の呆れた声に、青年・弘樹は困惑したまま首を傾げた。どうやら、呼びつけた意識が皆無らしい。

驚きと困惑がない交ぜになった表情に怒ることもできず、佐々木は再びため息を吐いた。

「……それで、一体何の用だ?」

「え、勝手に呼び出したのに話聞いてくれるんだ。 ……国家権力優しぃー」

「用がないなら帰るぞ!」

くつくつと楽しげに笑う弘樹に怒りがこみ上げてくるが、帰る気がない辺り、彼を気に入っていることは明白。

その事は理解しているが、素直に認めるのは癪だ。そう思ってわざとぶすくれた表情をすれば、弘樹は堪えきれずに

笑い出した。明るい声にますます呆れたが、こればかりは仕方がない。

人間の考えは多少理解出来るが、理解の上を行かれては理解も何もない。尤も、だからこそ興味が尽きないのだが。呆れてモノも言えない佐々木に構わず、弘樹は中断していた食事を再開する。

「……よかったら、食べる?」

もくもくと鍋一杯の料理を頬張る彼は、華奢な見た目に反して意外にも大食漢らしい。

実際その体のどこに入るのかと不思議になるほどよく食べるし、作るのも上手い。

鍋の中身はオリジナルらしく、当人も何を入れたかは覚えていないらしい。

だが解析した匂いと見た目には害がなさそうだと判断して、小さく頷いた。

「……頂こうか」

途端に舌に広がる、素朴な味わい。野菜の甘さと肉の旨味が、あっさり目の出汁と上手く調和している。

思いの外の美味に目を輝かせる佐々木に弘樹は嬉しそうに料理を頬張った。

本来プログラムである佐々木は、当然ながら味覚を持たない。

味はあくまで情報の羅列であり、“味わう”ことなど出来るはずがなかった。

だが今こうして“味わう”ことができているのは、ある理由がある。

美味しかった食事も粗方終わり、カチャカチャと食器を洗う音を聞きながら、佐々木はぐるりと部屋を見渡した。

一般的な成人男性が暮らす部屋としては妥当だろうが、元々広大な空間に存在する佐々木としてはかなり狭く思う。

これが人間の普通なのかと納得するには、まだまだ判断材料が不足している。

何しろ佐々木にある記憶はかの広告探偵の家か、捜査協力者と共に駆け回った建物くらいしかデータベースにない。

こんな狭い場所で生活が出来る人間が、正直不思議で仕方なかった。

一頻り部屋を眺めて暇を潰していると、洗い物を終えた弘樹が小さな箱を持ってやって来た。

箱の形やプリントされた店名から察するに、どうやらスイーツらしい。

「今日呼んだ理由だけど、差し入れでケーキを貰ったから、佐々木さんに食べてもらいたいなって思って……」

「ケーキ、だと……?」

弘樹の言葉に、佐々木の目がさらに輝いた。意外にも甘党の佐々木が、特に目がないのがケーキだ。

次いでクレープが好きで、初めて味わった際は飛び上がらんばかりに歓喜したことを覚えている。

佐々木のあまりの喜びように呆気に取られた弘樹だが、それ以来ケーキを買ったり貰ったりする度に

佐々木に声をかけてくれるようになった。

そういうことかと納得しつつ、差し出されたフルーツがふんだんに使われたケーキに、目が釘付けになった。

そわそわと落ち着きなく肩を揺らしている内務省エージェントらしからぬ幼子のような仕草に苦笑しつつ、

ついでに淹れたアップルティーを一口啜る。

「……佐々木さん、意外と甘いもの好きだよね。

……今度クリームブリュレきなこアーモンドのクレープ、食べてみる?」

「いや、あれは私のオリジナルであって……って、貴様! まさか、アレを見たのか!」

「うん。聞いてて美味しそうって思ったから、作ろうかなって」

「……不覚だ。その詫びとしてクレープを作れ。いいな!」

「了解。本当に素直じゃないなぁ」

からからと終始楽しそうな弘樹につられるように、最初はブスくれていた佐々木も小さく笑って見せる。

元々余裕を崩さない不適な笑みが印象的な佐々木だが、微笑を浮かべると途端に儚げな雰囲気を

纏ってしまうのだから本当に解らない。恐らく、佐々木自身も理解していないだろう。

狡いよなぁと内心毒づきつつも、食後のデザートを頬張った。

「あ、美味しい」

「……ふむ。季節のフルーツを使ったタルトか。

フルーツのフレッシュさはもちろんだが、フルーツの下に敷いてあるクリームも程好くて美味いな。

確かこの店は、フルーツの扱いに長けているとβが話していたが……」

「エージェントって、そんなことまで調べるの?」

「一応は、な。貴様も知っているだろうが、我らエージェントプログラムは国民の監視も仕事の内。

故に話題になりそうなものや事柄は一通り浚っている。もっとも、あいつ好みの話題ではあるがな」

味の解析をしつつ、佐々木はさらりと言い放つ。

「βさんって本当に詳しいよね、その辺り。でも同僚の秘密?を僕に話してもいいの?」

佐々木の同僚であるβは、中性的な思考と声を持つと聞いている。

それなのに見た目が佐々木と同じだというのだから、郡体ツールとは本当に不思議なものだと思う。

「我らエージェントプログラムは郡体ツール。故にあらゆる情報を共有している。個人的な秘密など持ちようがない。

それに貴様は私の“半身”だからな。多少は構うまい」

「アバウトな定義だなぁ」

「しかし、事実だろう? 加えて貴様は、内務省特別保護対象だ。

貴様の命と人権と自由は、我らがマスターの名の元に約束されている。

故に何人たりとも貴様を身体的、精神的、サイバー的に害することは許されない。

だが、貴様が我らがマスターを裏切った場合は……解っているな?

くれぐれも、私に手間をかけさせるような真似はしてくれるなよ?」

ニィ、と不敵につり上がる口許に柄にもなく恐怖を覚える。

まるで“人であり人でなし”をそのまま表現したような、酷く冷ややかな笑みだった。

その冷ややかさに密かに息を飲む。

視覚的メフェタにより人の姿を得ているとは言え、その実態は国家を守護する内務省エージェントプログラム。

危険因子を容赦なく断罪する冷徹さは、人の比ではない。

まるで“人であり人でなし”をそのまま表現したような、酷く冷ややかな笑みだった。

「……ところで貴様、いつまで呆けている気だ?」

停止した思考と動作に、佐々木が不思議そうに首を傾げる。

先程覚えた畏怖は霧散し、食べないのかと無言で催促してくる。

キラキラと輝く瞳はまさしく幼子のそれで、先程までの威圧や威厳の欠片もない。

あまりの変わり身の早さに驚きつつもこの落差が一部には恐怖を、また一部には歓喜を提供していることを、

果たして彼は理解しているのだろうかと疑問に思った。

早く味わわせろと圧力すら感じる視線に白旗を掲げつつ、いまいち気持ちがついていかないままケーキを

口に運ぶ弘樹だった。