はぐれ薬剤師があらわれた

はぐれ薬剤師があらわれた

著者の虎P(とらぴー)と申します
変わり者の多い薬剤師の中からも“変わり者”と言われるはぐれ薬剤師です
この京都市の嵯峨エリアにて薬局を経営することとなりましたので
業務の備忘録や日々感じた事などを綴っています

とある医療経営に一家言のある方より

「お前のビジネススキームを示してみせろ」と言われたことがあります


私の答えは “誠実であること” ただそれだけでしたので、

「とてもつまらない答えだ。これは倒産も考えておかんといかんね」

というありがたい講評を頂戴することができました


・・・不正、偽装、隠蔽、背徳、虚偽

昨今はそうまでしてでも自分の利益を得ようとする輩が後を絶ちません


しかしそんな時代だからこそ、医療の世界においては

あえて“馬鹿”が付くほどの正直さ、愚直さが必要なのだと私は信じています


それは理想論だとか貴族思考だ(笑)などと冷やかされてばかりですが

潰れた時はその時で、笑い飛ばしてくれたら良いと思います得意げ

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今日は派遣社員についてのお話


派遣社員というと、世間一般では正社員とくらべて不安定、弱い立場といったイメージがある

派遣切りなんて言葉が、この辺りを雄弁に語っていると思う


私がいる薬局業界も、派遣社員という形で就労している人は少なくない

しかし、ことに派遣薬剤師となると、必ずしも初めの様な弱い立場のヒトばかりでない


一つ所に定着せず、フワフワとした働き方を好む根無し草な薬剤師や、

“紹介予定派遣”のように、ひとまずお試しで色々働いてみて気に入ったところに本就職するとか、

派遣会社お抱えの薬剤師として、固定給をもらいつつ助っ人として色々なところを回る人もいる


実際に職場で一緒になって話してみると、この人たちには困窮しているイメージとは程遠く

それよりはむしろほどよく人生をエンジョイしているんじゃないかとすら、個人的に思えたほど


そんな派遣薬剤師だけれども、

ここ最近は幸か不幸かお世話になる機会はあまりなかった


やはり、薬剤師はただ頭数を揃えればいいわけではないし、

何より文化的な協調を得るには派遣採用では難しい

・・・あとやっぱり派遣はコストがバカ高い


なので、今までを振り返って実際に薬剤師の派遣を要請したのは

・まず極めて薬剤師が不足していて、それが患者さんに多大な迷惑を与える時

・上記の状態で、あるいは内部のスタッフが潰れかねないような状況の時

そんな状況下で、かつ“いつまで”と期間が決められそうな時

・・・くらいであったろうか


もちろん、それは実際に薬剤師が派遣でやってきたときのことであって、

それよりもひどい状態なのにも関わらず、一人もやってこなかった時もあった(笑)


社長が募集はしてくれていたけれど、条件が合わなかったのだと信じている・・・



そんなウチも最近、派遣されてくる薬剤師が増えてきた

そんな矢先のことである


“派遣薬剤師の○○さんの希望シフトは・・・です”


これはある日、とある店舗の管理者が運営サイド向けに社内ネットに書いた、

一見なんの変哲もない業務連絡である


しかし私にとって、この「派遣」という薬剤師のアタマにくっついている余計な二文字が

気になって仕方が無かった


たしかに、労働法厳密にいえば、通常の社員と派遣社員とでは命令系統が違うなどの

線引きというものは確かに存在する

 

しかし、少なくとも社内の連絡においては、その薬剤師が派遣であるか、そうでないのかは

何の関係性もない

一体、この管理薬剤師はどのような考えがあって、わざわざ“派遣薬剤師の○○さん”と書いたのか

“薬剤師の○○さん”ではだめな理由がどこにあろうか?

あるいは何も考えず、何も感じなかったのだろうか?


そういう感性はいずれ対患者さんにおいても何か現れるよ、と言おうか迷ったけれどもやめた



一方、自分について、“派遣薬剤師”と称される側からすればどうだろうか


既に一つの文化が出来上がっている、全く初めての会社とその職場

それは完全なアウェーだ

そんな状況下のヒトに対して“派遣薬剤師の○○さん”

と呼称してしまうのは、ことさら外部者であることを強調しているようで好ましくない


同じ職場で同じ仕事をして、それでいておかしな線引きをするのは非常につまらないと思うよ


派遣で送られるヒトの側からすれば、そういうのは慣れっこかもしれないし

紹介予定派遣でもなければ、人によっては契約の期間を過ぎれば“ホナサイナラ”かもしれない


でもそれは偶々その人がそうなだけかもしれないから、

受け入れ側はいつだって配慮していかないとならない


少なくとも自分は、同じ職場で働く期間中は、

同じ薬剤師として何かしらのcommon senseをもって協働したいと思うんだけどな・・・


「オマエの店が潰れやしないかと思うと心配だよ」

なんて言うけれど、

こっちからすればそんな“派遣薬剤師の・・・”なんて呼び方に問題を感じない店舗の方がよほど心配だよ






私が独立すると知ってから、

顔を合わす毎に小言を言わずにはいられない方々が少なくない


近頃の私は、正直言ってそういう方々には心底うんざりしている


はっきり言ってしまえばこの方々のお小言に付き合うのは

95%の確率で時間と精神力のムダになる

ということが分かっているからだ・・・



例えば、この方々の指摘の多くは、

やはりというか私個人の振る舞いや、パーソナリティに関する事で大半が占められている


もちろん、落ち度や付入る隙があるとないのでは、無い方が良いに決まっているし、

自分についての問題は、自分が一番分かっているつもりではいる


しかし、成功した事業家の方々や、そこそこうまく言っている個人事業主というのは

みな一律に聖人君子であるのだろうか?

もしそうならば、私もそれに倣わざるをえないけれども、私にはそのようには思えない


落ち度や隙が無ければ絶対に成功するという保証なんてどこにも無い以上は、

そこばかりに注力するわけにもいかないし、

そもそもヒトの根幹はそう変わりはしないものなのだ


“自分が成長したら乗り越えられる”なんてのはヒトの願望でしかなく、

そんな『今ここには無いもの』は当然ながら何も解決してはくれない


『今あるだけのもの』が全てであり、それだけが足がかりだ


だから私は、そんな小言に付き合うよりも

事業についてより核心的で現実的な部分にのみ注力したいし、

それについての地に足着いたディスカッションならば大歓迎なのだけれども

しかし、そういう部分については一切言及がされない

あるいはそういうものをこちらから振ると、決まって皆くちを閉ざす



そんな考え方や不満が、おそらく私の顔にはそのまま書かれてしまうのだろう

それを見たヒトは、まるで決まり文句のように

『貴重な第三者の意見として肝に銘じておきなさい』と言うのだけれども、

第三者的な意見だからこそ何の役にも立たないことに気付いて欲しい


もちろん私だって初めの頃は

利害関係の無い第三者の意見は貴重でありがたいものだなと思っていた


しかしよくよく考えてみれば、利害関係が無いというのはすなわち、

互いがどうなろうとも関係ない立ち位置であって、

いくらでもどうとでも言えてしまう


こちらからすれば、有益なものとそうでないものとを自分で判断しなければならない


もしそこに利害関係があれば、互いの関係性から発現の裏を読み取って、

その時々の都合でこちらの良いようにも、あちらの良いようにもできるのに、

利害関係が無いとなると、どうにも読みづらく扱いに困る


結局、“自分の忠告には価値がある”と信じてやまないヒトと

それを別に価値と感じず、むしろ面倒だと感じる自分とでは交わることがないと思えてしまうから

自分としては極力ムダを生じさせないように距離を取るわけだけれど

それはそれで、この方々をよりエキサイトさせてしまうらしい


『有り難く受け止めなさい』

『私たちとの関係性をキープしておくことは貴方がいざと言うときの為になる』

などと、自分たちの価値をことさらに強調してくる


あまつさえ、『そうしなければ潰されるわよ!』とすら来たもんだ

まるで少し前に流行って今どうなった?な、決め付け占いのバァサンと同じなんだよね・・・


どちらかというと、私は今目の前の貴方たちに潰されそうだよ!(笑





ヒトとヒトの付き合いには広さと深さがあり、そして限界がある

大事にすべきところと、そうでないところには優先度をつける必要がある


何でもかんでも有り難がって、関係性を維持しようとするいるのはただの馬鹿だし

自分がいざと言うときに助けてもらうために八方美人をするヤツなんて、

考えただけでも吐き気がしてくるよ!


むしろ逆に聞きたい

いざと言う時に、とはいうけれども

維持されている程度の関係性しかない相手に、貴方は本当に力を貸しますか?と


自分だったら、そんな窮地に陥る前に少しずつ手を貸したり、

いっそのこと基金援助でもしてもらうほうが開業初期の身としては有り難いけれど

そういうことをする気はないのだと、こちらにも分かってしまうのだ


だから結局、周りから非生産的な小言を投げてくるのは

・何だかんだ言ってこちらの動向が気にはなっていて

・積極的に失敗しろとまでは思っていないけれど、心から成功を望んではいない

・しかしうまくいったらいったでそこに自分が絡んでいた事にしたいし

・うまくいかなかったさいには『そらみたことか』を一番に言いたいヒト


・・・という分析が生まれた

うーん、確かにこういう自分に対して良くも悪くも興味を持っている人を

味方に巻き込めたら頼もしかったのかもしれないけれど

それは自分には荷が勝ちすぎていたし、今でも器が足りていない


だから今のところは引き続きやや距離をとって、

しかし情報は小出しにして引き続き興味を持ってもらう、という消極策しかとれない


『それみたことか』

を食らわないように、集中しよう・・・

宗教は時に戦争の火種となるけれど、

その一方で矛を収めるきっかけにもなった、というのが興味深い


第一次世界大戦中

1914年の泥沼化した戦火の中で、独英両軍が一時的に矛を収め、

共にクリスマスを祝いあったというのは驚くべきこと