パーソナルカラー、骨格診断、健康のこと -11ページ目

パーソナルカラー、骨格診断、健康のこと

好きなものは、猫。
それからパーソナルカラーと骨格診断。
必要に迫られているは、健康の回復。がんなので。

ヒプノセラピーを受けました。


その時、私は私の小さい時に会いました。





小さい女の子。


二つなのか三つなのかわからないですが、すぐに自分であることがわかりました。





初めての体験でした。


ヒプノセラピーは、一度目では亡くなったおばあさんとお話しました。


私には強気なおばあさんで、私の世話をしてくれていたので、おばあさんの望みはよく聞かされていました。


私はおばあさんの望みをかなえることはできませんでした。


常におばあさんの味方でいることはできなかったのでした。





おばあさんに「ごめん」と謝ると、今まで大きなおばあさんだったのが、小さくなりました。


その後私は生前のおばあさんとのやりとりを気にしなくてよくなりました。





二回目のヒプノセラピーでは、私は私の心を支配する母と決着をつけに行きました。


「決着」って、すごいお話ですね(笑)


でも、普段の私を監視する母が私の心の中に存在していたのでした。


それは、自分らしさを奪うことにつながりました。


四六時中、私の心の中にいる母は、私を監視し、夢の中にまで現れるのでした。


母の監視には、私を幸せにする意図がありませんでした。


母の監視のとおりに振舞うと、たいていギクシャクして、最後には息詰まるのでした。





二回目のヒプノでは、母とのやりとりを再現する必要がありましたから、母に会い、幼い私に会うことになりました。





私は私の幼い頃を見て、「愛しい」と思いました。


おばあさんに、「すぐ上の兄に比べると器量が劣る」と言われ、


すぐ上の兄には名前で呼んでもらえず「ブタ」と言われていました。


「ブタ」と呼ばれるとすごく嫌でした。私は泣きました。





そんなことで私は醜い汚い子供なのだと思っていました。





私はインナーチャイルドの幼い自分に出会ったとき、普通の子供だと思いました。


忌み嫌われるような子供ではないし、容姿も特別に悪くはないし、可愛い子供だと思いました。


幼い私と手をつないで、その後の旅に出ます。


私の中にトラウマとなった観念と戦い、時にはねじ伏せ、時には心穏やかに見つめていました。





幼い私は、旅の間に可愛く笑い、心落ち着けて、私の胸に入っていきました。





インナーチャイルドを癒したのは、初めての体験でした。


でも、大事なセラピーでした。


50年以上私のインナーチャイルドは、無表情になるくらい感情を押し殺していたのでした。





インナーチャイルドが傷ついているってなかなか認めにくいものでした。


大きな事件があって、苦しくなって、たどり着いた先が、幼い私が持っていたトラウマでした。





人の力を借りて癒すのにも抵抗がありました。


でも、時には人の手も借りないと、変われないこともあるのです。


相談することも、セラピー受けることも、時には前向きにやってみていいのではないでしょうか。