入院の手続きを済ませ、私が自宅に着いたのは、日付が変わった午前4時頃でした。
不思議と、帰りの道中での眠気はなく、頭をフル回転させたことの余韻で、逆に頭が冴えていたのかもしれません。
朝一で、いつもお世話になっているケアマネージャーさんに連絡をして、義父のショートステイ先を見付けて貰えるようにお願いをしました。
このケアマネージャーさんには、いつも急なお願いばかりで、本当にお世話になりました。
感謝しても、感謝しきれません。
その後、ケアマネージャーさんは、義父のショートステイ先を見付けてくれて、午前中のうちに、旦那と私で義父を入居させ、旦那は単身赴任先に戻っていきました。
あとは、義母の入院の用意ですが、こちらは最低限で済ませ、パジャマも病院のレンタルを利用してくれたので、入院中に病院に通うことはありませんでした。
この義母の骨折は、起こるべくして起こってしまった骨折でした。
この頃の私は、子供達の部活やクラブの送迎などに忙しくしてて、義実家に行くことはほとんどありませんでした。
私自身も、忙しさからイライラしていたのでしょう。
義母に、何度も聞いた長い話に付き合わされたり、自分の子育て論や親戚の自慢話を延々と聞かされたり。
そんなことにうんざりして、義実家とは距離を取っていました。
旦那は単身赴任中でしたが、時々は実家に行っていたと思いますが、自分の親の変化には気付かなかったようです。
後に、義母から聞いた話では、その頃には、義父は認知症が進み、トイレをこぼしたり、お風呂上がりに自分で着替えが出来なかったりしていたようです。
でも、義父は、義父なりの自尊心から、着替えを手伝わさせることを拒み、びしょびしょの体で家の中を歩き回り、手伝おうとする義母をバスタオルを振り回し、追い払ったり。
夜、寝るときも、まるで子供を寝かしつけるようにして、寝せていたそうです。
そんな毎日に、体力的にも精神的にも疲れた義母は、ふと気が緩んだのかもしれません。
そして、階段から落ちたのです。
そんなことになる前に、どうしてSOSを出してくれなかったのか。
私にでなくても、息子である旦那に出してくれれば良かったのに。
でも、そこは、昔の人なのかな。
子供に迷惑を掛けてはいけないと思って、一人で頑張ってしまったのかもしれません。
義両親のことを、気に掛けていなかった私達も悪い。
でも、最悪の状態になる前に、SOSを出して欲しかったと、この後に起こる出来事を避けられたかもしれないと、そう思ってしまいます。