東日本大震災から3年、経ってしまいました。

原発はまだまだ終わりのゴールも見えず、被災された方々は身も心も深く傷付いたまま、日々の生活に向き合っていらっしゃると思います。

被災された方々の、その御心痛の万分の一でも共有したい気持ちは、同じ日本人として今でも変わりません。

今年もまた、何度かは東北地方に足を運び、地元の熊谷においてもなるたけ東北のお酒を頂き…私自身もあれから一日として、震災の事を思わなかった日は有りません。ただ、やはり時間と言うのは抵抗出来かねるもので、3年前のあの鉛の様な重いリアルな苦味は、少しづつ薄れて来て居ます。人間の機能のひとつで、自分と関係性の薄い事は都合良く、忘却出来てしまう。

そう考えると、全ては所詮、当該地から距離を置いた安全圏の、何も喪って居ない人間の戯言ですね…

喪うものが何も無い程、持っていかれた方々の気持ちに私は思いを馳せるだけですね、傍観者に出来るのはせめて祈る位な話で。

普通に暮らせる事は、本当に有り難い事なんだと、身に染みる位で。