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三沢 光晴選手の追悼興業に行った。
 

 場所は全日本プロレス時代からの要の会場、日本武道館。 
  

 春のチャンピオン・カーニバル、冬の最強タッグ、そして数々の激闘が演じられた
 三冠選手権。 
  

 ノアになってからもビッグマッチは武道館と決まっている、全日、ノアファンにはおなじみの
 場所である。
  

 個人的には、小橋 建太選手の復活興業以来、1年数か月振りの武道館。
   

 メイン・イベントはプロレスリング・ノアの至宝、GHCヘビー級のベルトをかけた選手権試合。 
  

 チャンピオン潮崎 豪。
  

 挑戦者斎藤彰俊。
  


 三沢が事故で亡くなった試合はタッグマッチ。
  

 三沢 光晴・潮崎 豪 VS バイソン・スミス・斎藤彰俊だった。
  

 事故の試合の翌日、潮崎はGHCヘビー級選手権を初戴冠、涙で三沢の遺影に報告していた、若き
 プロレスリング・ノア生え抜きの新チャンピオン。 
  

 その潮崎が、初防衛の相手として指名したのが斎藤彰俊だった。
  

 当初、その申し出を断っていた斎藤も思いが変わったのだろう、最後はその指名に応じた。 
  

 これからノアを背負って行く若い潮崎に、年齢的にはもう峠を過ぎて行く斎藤が挑戦する。
  
  

 あの事件後、ノアの選手は皆大変だっただろう。
  

 特に斎藤選手には悪戯電話やネットでの誹謗中傷、果ては自宅にまで嫌がらせに来た、暇なウジムシ
 野郎が後を絶たなかったと言う。
  


 この日の二人の試合で、二人が、特に斎藤選手が何かひとくぎり付ければなあ、と個人的には
 思っていた。
  

 今、世の中は成果主義である。
  

 過程や中身の大切さを置いて来ている。結果が伴わない事柄には最初から努力する事さえ無駄だ
 という考え方が多勢を占める。 
  

 かつて日本テレビの若林リングアナは試合中こう絶叫した。
  

 「プロレスは、心の歌だ、男の歌だ、そして、魂の歌だ」と。 
 

 アホだなあ、恥ずかしいなあ、と思っても20年近く、若林アナのこの言葉が忘れられない。
  
 
 プロレスとは、勝負の結果よりも過程や内容を重んじるものだと信じている。 
 

 悪い勝ち方なら良い負け方の方が、概念としては上に来るのがプロレスだ。 

    

 斎藤選手は潮崎選手に敗れた。 

   

 敗れたがこの武道館のメイン・イベントで、自分の中の何かには討ち勝ったかも知れない。