「広島で暮らす。(最初のスケッチ)」の一つのエピソード



昭和四十年代中頃。

工事と幸子が広島市の古いアパートで暮らし始めた頃、幸子の母親が2人の元を初めて訪ねて来た。

幸子の母親は在日韓国人一世だった。母親は二人の結婚に一貫して強く反対していたが、すでに子供が産まれた今となっては二人の仲を認めないわけにはいかなかった。

幸子の母親は重たい米の袋を背負って娘夫婦の元にやって来た。母親は初めての日本人の血の入った孫と対面した。家柄を重んじる母親にとって心中は複雑だった。

その母親に対して幸子も冷たかった。今まで自分の結婚に反対していた母親に腹の虫が治らなかった。

「お母さん、お肉を買って来て。牛肉を100グラム。」

すると母は黙って買いに出かけた。しかしようやく買ってくるとそのたった100グラムの牛肉は脂身だらけだった。これを見た幸子は激怒しその100グラムの牛肉を返品に行かせた。

しばらくして母親は帰ってきた。辿々しい日本語で一生懸命説明してなんとか交換してもらったらしかった。

彼らは貧しい夕食を共にし、母親は次の日に山口の実家に帰っていった。