長男が生まれました。の続き
昭和四十三年。
晃司と幸子は生まれた子を連れて山口の修司の家から呉の晃司の母の元へと山陽本線で向かっていた。
「お義母さんに会うの緊張してきたわ。ちゃんと会うてくれるかね。どがあなことを言われるんじゃろう。息子を返せじゃの、このうちの敷居を跨ぐな、じゃの言われたら。」
「そらあないわ。お袋は別に幸のこと悪う思うとらんで。わしらのことを心配しとっただけじゃけえ、気にせんでええけえ。」
呉に着くとそのまま二河川沿いを海辺まで歩いて祖母のうちに向かった。蝉が鳴く夏の暑い日だった。祖母の家は呉海上保安部の近くにあった。周囲には多くの船舶が停泊していた。
二人は玄関にたどり着き、一呼吸してからガラス戸を開けた。
「お袋、帰ってきたけえ。」
する遠くからドタドタと晃司の母親、寿子が出てきた。
幸子と晃司の母親は初めて顔を合わせた。幸子はペコリと頭を下げた。すると寿子はにっこり笑って幸子を迎えてくれた。
「幸子さん、よう来んさったね。待っとったんよ。ああ、その子が生まれた子じゃね。あとで抱かせてや。
とにかく、さあ上がって。」
二人はうちに上がると畳の間に座り込んだ。
「ほいじゃが暑いのう。やれんわ。」
晃司は転がっていた団扇を仰いだ。
寿子が冷たい飲み物と西瓜を持ってやってきた。
「あんたら暑い中遠いところ大変じゃったね。」
(三人の間で色々な会話が交わされる。)
「ほいじゃけどねえ、幸子さん。」
ずっと我慢していた寿子は辛抱がしきれなくなって、幸子の元に寄っていった。
「うちにもこの子を抱かせてくれんかねえ。」
そして幸子から赤ん坊を受け取ると大事そうに抱え込んでその小さな顔を覗き込んだ。
「なんとまあ可愛らしいことじゃねえ。まあ可愛いわ。こがあな可愛らしいもんは見たことがないわ。
うちの初孫じゃけえね。」
その後しばらく寿子は孫を抱き続けた。
幸子はその様子を見て拍子抜けした。寿子に長年結婚を反対されていた幸子はてっきり在日韓国人の自分も混血の子どももこの母親に邪険にされるものだと覚悟していたからだった。
その様子を見ていた晃司はようやく気がついて寿子に尋ねた。
「そういやあ、あいつはどうしたん。」
「純子?あの子は今お使いに行っとるよ。すれ違わんかったんかね。」
「いやあ、会わんかったで。」
「ああ、幸子さん、この子の妹で純子いうのがおってね、今お使いに行っとるんよ。もう少ししたら返ってくるけえね。」
しばらくしてガラス戸が開く音がして、純子が帰ってきた。
「お義姉さん、初めまして。純子です。ご挨拶が遅れました。」
「純子ちゃん、はじめまして。よろしうね。」
「さっきそこの街に行ってケーキを買ってきたんです。お義姉さんと赤ちゃんにと思うて。」
「おい、わしのはないんか。」
「お兄ちゃんのもあるよね。」
家族全員で揃ってケーキを食べた。
それから純子もまた寿子と同じように幸子の赤ん坊を抱き抱えて微笑んだ。
その夜、幸子は晃司と寿子の家に泊まった。
幸子が赤ん坊に乳を飲ませると二人は布団を引いて家族三人で眠りについた。
広島で暮らす。に続く