まちぼうけの続き



昭和四十年代前半。

晃司と幸子は同じ年に高校を卒業し、晃司は地元呉の設計会社の下請け会社、幸子は姫路の事務会社にそれぞれ就職することができた。これにより幸子と晃司とは離れ離れになったが、お互いに手紙で連絡を取り合い、ときどき出かけては二人で過ごしていた。

その後二人はいつまで経っても入籍することができず、不安定な関係が続いていた。

しかしついに幸子につわりが起こり、幸子は晃司に受胎を告げ、晃司は母子を受け入れた。しかし、今の状況では幸子がその仕事を続けていくことができないのは明らかだった。
入籍できないまま受胎し仕事も続けていくことができない幸子にとって、晃司以外に唯一相談できる相手は姉の冴子だけだった。幸子は身の不安を冴子に訴え続けた。
そんなある日幸子に一本の電話がかかってきた。
「おう、幸、わしじゃあ。修司じゃあ。」
「義兄さん。」
「話は冴子から聞いたわ。どがあにしとるんかと思うとったがのう。行くあてがないんとの。ほいじゃったら、わしのところへ来いや。わしは若い者をようけ面倒みとる。自分の義妹の面倒ぐらいみれんでどうするんなら。あんたの面倒はわしが見ちゃるけえ。」
「…。ほいじゃけど、ええんかね。」
「おう、元々はわしのせいで結婚できんでおるんじゃろうが。ともかく落ち着くまではわしのところにおれや。心配するな。幸と晃ちゃんはわしが守ったるけえ。」
幸子は姫路の会社を辞め、出産するまで山口の修司のもとで暮らすことにした。晃司も度々訪ねて二人で過ごした。
幸子はいよいよ臨月を迎えたが、唯一の不安はこのまま修司の元で子供を産み育てることで、子供の将来がどうなるのかということだった。しかしいつまで経ってもその先が見えてこないのだった。
そんなある日に一本の電話がかかってきた。修司の若い者が呼びにきた。
「幸子さん、お電話ですよ。」
電話をかけてきたのは晃司の母親、寿子だった。
「幸子さん、子供が生まれるんじゃってね。晃司から聞いたんよ。」
「お義母さん。」
「ほいでね。今日は話があるんじゃけど。その子ね、こっちに来て産みんさい。そっちで生まれ育つよりこっちで育てた方がその子のためじゃと思うんよ。」
「ほんまにええんですか。」
「ええよ。うちにおいで。幸子さんと晃司が何年も付き合うてお互いに気持ちも変わらんみとうなし。それなら一緒に暮らしたらええわ。呉のうちにきんさい。晃司と赤ちゃんと三人で暮らしんさい。」
「…。」

幸子は複雑な思いを飲み込んだ。
「生まれたら、うちにも孫の顔を見せてね。うちの初孫じゃけえ。」
長年二人の結婚に反対していた晃司の母親、寿子はとうとうふたりに根負けしたのだった。
しかしそれよりも早く幸子の陣痛は始まり、結局幸子は修司の地元の産婦人科で出産した。出産には晃司、冴子、頼子が立ち会った。子供は無事に生まれた。元気な男の子だった。
その後、修司も見舞いに来た。
「おう、幸、元気な男の子が生まれたのう。あんたにも晃ちゃんにもよう似とるわ。まあよかったわ。

あと晃ちゃんの御母堂がようやく認めてくれたんとのう。それは何よりじゃわ。これでわしも安心したわ。なんならわしはもう関わらんでもええんじゃろう。親子で幸せに暮らしんさいや。」
「義兄さん。」
「それによ。まあ、もしよ、追い出されたんならいつでもこっちに帰ってこいや。わしがまた面倒みちゃるけえ。そんときはこっちで暮らしたらええじゃなあか。あんたの親戚も同胞の者もいっぱいおるし。下関あたりでなんぼでもうまいもん食わせちゃるけえ。

「義兄さん、あんた、さりげなく不吉なこと言うとらん…。」
「晃ちゃん、これでわしゃああんたとほんまの義兄弟になったわけじゃ。これからもよろしう頼むわ。」
「義兄さん。」


家族になりました。に続く