(「まちぼうけ」の続き)


晃司が呉の港町をとぼとぼと歩いていると背後からクラクションが鳴った。

振り返るとそこには真っ赤なオープンカーが止まっていた。中には幸子の義兄の修司が乗っていた。引き締まった体躯をした眼光の鋭い男である。修司も幸子と同じ在日であった。

「ああ、義兄さん、こんにちは。」

晃司は未だ結婚していない彼女の義兄である修司を、違和感を感じながらも「義兄さん」と呼んでいた。

「おう、晃ちゃん。どうしとったんじゃ。フラフラ歩いとるけえ。元気にしとるんか。」

「はあ、まあ、何とかやっとります。」

「おう、ほうか。そらよかったわ。

これ見てみいや。オースチンヒーレーよ。この間買うたんじゃ。新車で。カッコよかろうが。試運転のつもりで走らせよったんじゃ。」

「はあ。」

「ところでよう。」

修司はタバコに火をつけながら話を続けた。

「この間、女房から、あんたらのこと聞いてのう。わしも心配しとったんじゃ。あんたのお母さんとの面会を断られたんとのう。幸(さち)の方の母さんも族譜(キョッポ)やらなんやら言うてカンカンらしいが。

まあ困ったことがあったら、なんでも相談せえよ。男同士、わしがなんぼでも話を聞いちゃるけえのう。わし自身のことでも言いたいことがあったら遠慮のう言うてくれや。わしは晃ちゃんのことを気にいっとるんじゃ。なんぼでも付き合うけえのう。

ほいじゃがよ、幸とは出来るんなら仲ようしちゃってくれや。あれはあんたにほんまに惚れとるで。うちの女房と一緒で気は強いが、まあ素直でええ娘じゃわ。

ほいじゃがのう、晃ちゃん、あんたも無理はせんでええんで。わしらは自分らの立場はよう分かっとるけえ。まだ他人の晃ちゃんが無理する義理はないんじゃけえ。その気がないんなら遠慮しんさんな。そんときにゃあわしゃ晃ちゃんのこと悪う思わんし、幸にはわしからも言い含めちゃるけえ。心配しんさんな。

まあ、そがあなことをよ、わしゃあんたに言いたかったわけじゃ。

まあ今度一緒に飯でも食いに行こうや。

ほいじゃあのう。」

そう言うと修司はオープンカーに乗って走り去っていった。晃司は振り返らずとぼとぼと幸子のいる喫茶店へと向かった。