小さい頃、町内にRちゃんという女の子が住んでいた。彼女は知的障害があって、視点が定まらず、いつも遠くを見ていた。小さい頃のことなので、あまり意識していなかったが、今思い出すと、美しい顔立ちをしていたように思う。Rちゃんとは幼稚園で知り合った。何度か、体育やお遊戯などをした記憶がある。小学校に上がって、Sくんという男の子と同じクラスになった。彼も知的障害があって、やはりいつも黙って遠くを見ていた。Sくんは妙なおかっぱ頭をしていたけれども、つぶらな瞳で、きりっとした顔立ちをしていた。彼はいつも少し鼻水をたらしながら、にこにこと笑っていた。ある夏の水泳の授業のあと、僕は着替えて教室に戻ろうとしたのだが、忘れ物をして更衣室に取りに帰った。すると、Sくんがひとりいて、震えるようにして泣いていた。
「どうしたの。」
と聞くと、
「バスタオルがなくなった。」
と言う。子供にとっては、バスタオルぐらいのものでも、なくすのは、けっこう問題だ。それで、僕は彼と一緒にあれこれと探したが、見つからなかった。その後、どうなったのか、思い出せない。ただ、いつもにこにこ笑っている彼が泣いていたのでひどく驚いたことだけ覚えている。


思い出してみると、Sくんとは何度か同じクラスになったのに、一度も自宅で遊んだ記憶がない。彼は何をして遊んでいたのだろう。また、どんな友達と付き合っていたのだろう。今頃になって、その疑問に気がついた。その後、3年生か、4年生ぐらいのことだったと思う。何故かそのクラスには、知的障害のある子が3,4人いた。学校が意図的に同じクラスにしたのかもしれない。あるときに、クラスのガキ大将たちが、冗談で、ある知的障害のある男の子に、別の知的障害のある女の子にキスをしろと命令していた。その女の子と言うのはRちゃんだったような気がする。それからどうなったのか思い出せないが、結局、それが先生の知られるところになった。その後、授業は打ち切りになり、僕たち、知的障害のある生徒以外の生徒は全員、校舎の屋上に集められた。そのときの件だけでなく、以前から彼らをからかうような雰囲気があったのかもしれない。風の吹く屋上で、僕たちはじっと先生を待っていた。しかし、いつまで経っても、先生は来ない。どうしたものかなあ、と僕たちは話し合った。まじめな学級委員長の女の子が屋上と職員室を行ったり来たりして、連絡役をしている。そのうち、日が暮れてきた。そのうち、誰かが、先生に誤りに行こうと言い出した。で、僕たちは先生に誤りに行った。そのとき、先生が何と言ったのか覚えていないが、僕たちは許しを得て、それぞれ、家に帰った。しかし、今考えてみれば、謝る相手を間違えている。本当に謝るべき相手は、知的障害のある子たちだろう。要するに、僕たちは先生という権威のあるひとに、許してもらいたかっただけなのかもしれない。何しろ、小さい頃のことだから、正しいことなんてどこにもない。


その後、高校受験、大学受験があって、その後、知的障害のある人とともに学ぶ機会がなかった。大学時代に、社会福祉サークルに入っていたので、いわゆるダウン症の子供と接する機会はあったぐらいである。


今日、何故、上のようなことを書いたのかと言うと、この間、ふと、以下のようなことを考えてみたのである。
「今日まで自分が出会ってきた人たちの中で、一番心のきれいな人は誰だっただろうか?」
すると、何故か、ずいぶん昔に机を並べた、RちゃんやSくんのような知的障害のある人たちのことを思い出したのである。知的障害者を「心のきれいな人」と解釈するのはあまりにも陳腐かもしれない。しかし、今の僕はこの陳腐なものに対して、あえて取り組む気持ちでいる。そもそも、僕たちは小さい頃から、陳腐だからという理由で、たくさんの大切なものに触れないで生きてきた。この歳になって、僕はそのことを反省している。世間的に陳腐であろうと、自分自身が消化し切れていない問題があれば、それはやはり取り組むべきものだ。


知的障害のある人は、人間が賢く生きていくための知恵が欠けているのかもしれない。しかし、同時に、そういう賢い人たちが持ちがちな狡賢さも欠けているような気がする。賢さと狡賢さを併せ持っている人間と、その両方を欠いている人間はどちらがよいのだろうか。それにしても、僕は、今、東京で社会人として生活していて、ストレスの溜まることが多い。それは何故かといえば、他人との付き合いがうまくいかないからだ。うまくいかない原因は、自分と他人がやり取りをするうえで、相手の人が何を返してくるのかが分からず、不安になるからだ。こちらの言葉一つで、相手を怒らせたりしはしないか、見えない報復が帰ってこないかと、僕たちはお互いに気を使ってしまう。そうしたときに、今日までの人間関係を振り返ってみて、一番気兼ねをしなかったのが誰かといえば、Sくんのような知的障害のある人だったのではないかという気がするのだ。


世の中には、嫌な人っているものだ。嫌な人とは嫌な言動をする人のことだ。ところで、嫌な言動をする人が嫌な人であるのならば、他人から嫌なことを言われたり、やられたりした人が、仕返しに嫌なことを言い返したり、やり返したりする場合はどうなるのだろうか。


例えば、あるところに、Aさんという人がいたとしよう。で、Aさんは大変嫌な人で、すぐに嫌なことを言ったり、やったりする人だとしよう。あるとき、Aさんが、Bさんという人に対して、嫌なことを言ったとしよう。すると、それに対して、Bさんが嫌なことを言い返したとしよう。しかし、Bさんは普段自分から他人に対して、自分から嫌なことを言ったり、やったりする人ではないとしよう。そのとき、Bさんは嫌な人ではないのだろうか。つまり、「嫌な人」を「嫌な言動をする人」と定義するのならば、事情はどうであれ、嫌なことを言い返したBさんも「嫌な人」なんじゃないかしら。それはちょうど、暴力を振るわれた人が、暴力を振るい返せば、正当防衛であれ、暴力を振るった人と呼ばれるのと同じことだ。他人に暴力を振るわれて、何のためらいもなく暴力を振るい返す人が、暴力の人と呼ばれるように、他人に嫌なことを言われて、何のためらいもなく嫌なことを言い返す人は、嫌な人なんじゃないだろうか。僕は思うのだけれども、普段は嫌なことを言わなくても、他人に嫌なことを言われて、反射的に嫌なことを言い返す人は、やっぱり嫌な人なんじゃないかしら。その人は、普段、幸運によって、嫌なことを言ったり、やったりしなくて済んでいる立場にいるだけの話なのではなかろうか。


嫌な人は2種類ある。
1.積極的に嫌な言動をする人。
2.消極的に嫌な言動をする人。
で、世の中には、1.の人は少ないけれども、2.の人は案外に多いように思う。いや、むしろ、世の中の大部分の人間は、2.に属するのではないかしら。その上でさらに言えば、2.の人は、1.の人と紙一重のような気もする。例えば、満員電車の中で、他人の肩が触れた、足を踏んだで、嫌な言動をする人はいくらでもいるからだ。そして、結局、この積極的だか、消極的だか分からない嫌な言動が、今日の社会における我々のストレスの大きな原因のひとつであるように思う。そうしたときに、僕はSくんのような人を思い出す。何を言われても、決して嫌なことを言い返したりすることのなかった人たちのことを。賢さは既知の過ちを正すが、狡賢さが未知の過ちを生み出してしまう。疲れきてしまった僕は、今、とても無垢に憧れている。最近、僕は神様に対してこう言いたくなるのだ。


「賢さはいらないから、狡賢さを取り除いてください。」


注:「精神薄弱」、「知的障害」などの言葉について、差別的であるかどうかの議論があるけれども、平成11年から法令上「知的障害」という用語が正式なものとなったそうなので、本文中もこの言葉で統一して記述した。