高校一年生のときに、クラスに非常に美しい少年がいた。いわゆる美少年というのだろうか。色白で、華奢で、髪の色は天然で金髪に近く、少女漫画に出てくるようなやつだった。僕は、彼が中学のときに福岡から広島に引っ越してきたと言うこと以外、彼についてよく知らなかった。二年生に進級したとき、僕は彼と別のクラスになったが、三年に進級した際、理系、文系のコース分けが行われ、再び、同じ一緒に理系クラスの授業を受けることになった。その頃から、僕はまた彼と親しくなった。


ある昼休み、僕が図書館で勉強をしていると、彼がやってきた。数学の問題を教えてくれと言った。見てみると、なんと言うことはない問題だったので、僕はその場で答えをさらさらと書いてよこした。彼は喜んで、さらにいろいろと聞いて来た。そのうち、昼休みが終わるチャイムが鳴ったので、僕と彼は二人で歩いて、それぞれの教室に帰った。僕の教室の前で、彼と別れたあと、僕はクラスのある女子に呼び止められた。
「ねえ、ゆうちゃん。ゆうちゃん、あの子、知っとるん?」
「ん?知っとるよ。わしゃあ、一年のとき、あがなんと一緒のクラスじゃったけえのう。何でなら?」
「今度、あの子、紹介してくれん?うちねえ、あの子のすっごいファンなんよ。」
「はあ?何の話じゃあ、そら。」
「えー、だってかわいいじゃん、王子様みたいなけえ。うち、一年の頃から、あの子、好きじゃったんよ。」
「ああ?そがいに言うても、自分、一年んとき、わしらと同じクラスじゃなかったろうが?」
「うん。でも、うちはずっと知っとったよ。有名じゃしね。」
彼は女子の間で有名らしかった。
「ほうなんか。そら、知らんかったわ。」
すると、彼女は言った。
「ゆうちゃんも、最近、有名なよ。」
「ほんまか!何でなら。」
「いっつも彼と一緒におるけえね。『あのひと、何なんね』、言われとるよ。」
「ああ、ほうかい。そがなん、知るか。阿呆。」
「ねえ。じゃけえ、今度、うちのこと、紹介してくれん?」
「まあ、ええよ。ほしたら、明日、わしがあがなんに伝えといたるわ。」
「えっ、そんなん、いけんよね。絶対、駄目よね。さりげなく紹介してくれんといけんよう。うちとゆうちゃんが一緒におるときに、さりげなく紹介してえや。」
「ほうか。ほしたら、そんときに紹介したるわ。」
僕は、そう言って、次の授業に出かけた。


さて、次の日、僕が図書館で勉強していると、再び、彼が数学の質問をしてきた。そのうち、ほとんどは簡単だったが、ひとつだけ難しい問題があった。大学の入試問題ではなかったかと思う。ぼくはその問題の難しさに興味を覚え、一人で延々と考え込んでいた。僕は難しい数学の問題にとりかかると、周りが何も見えなくなる癖があった。ようやく、問題が解け、横を向くと、彼は僕の隣で居眠りをしていた。彼をまじまじと見つめてみると、彼の髪は本当に金髪をしていた。それは脱色したような不自然な色ではなかった。僕は彼を突付いて言った。
「おう、問題解けたで。」
「うん、本当?ありがと。」
彼は眠たそうに言った。そのとき、僕は彼に尋ねた。
「自分、何で、金髪なんなら。」
「ああ、これ?」
彼は自分の髪を摘み上げて、くるくると回しながら言った。
「元々、色、薄いんよ。ほいで、俺、中学んとき、水泳やっとったんよ。ほしたら、消毒液でもっと色、薄うなってしもうたんよ。」
私は彼が泳いでいる姿を想像して噴き出してしまった。
「ほうか。ほしても、われ、ええ髪しとるの。」
僕は彼の髪をつまんでみた。
「そうじゃろ。俺、美容院でも誉められるんよ。」
彼は自分の髪を見せびらかしながら、微笑んだ。思えば、彼は自分の美に敏感だった。ナルシストだったのかもしれない。
「なんや、自分、美容院、行っとるんか。あら、女、行くところじゃろうが。」
「男でも行くよ。知らんの?俺が行くんは、近所のお姉さんが、働いてとるところなんよ。男が行ったら、おかしいんか?」
「男が行くもんかのう。」
「ゆうちゃんは行ったことないん?」
「行かんじゃろ、普通。」
僕は昔からいわゆる床屋にしか行ったことがなかった。ついでに言えば、その頃、僕ははさみで自分の髪を切っていた。どうも、僕と彼とではおしゃれに関しての感覚が違うらしかった。


その日の放課後、僕が自転車の荷台の上に自分のカバンをくくりつけて帰ろうとしていると、後ろから呼び止められた。振り返ると、彼がそこに立っていた。
「ねえ、ゆうちゃん。もう帰るん?」
「おお、帰るで。わしゃ、眠いけえのう。」
「よかった。そしたら、俺、駅まで送ってや。」
彼は電車通学だったので、学校から少し離れた駅まで送っていってくれないかと言うのだった。
「ええよ。ほしたら、後ろ、乗り。」
「うん。」
彼は、僕のカバンの上に腰をおろすと、僕の腹に手を回して、僕の荷台の上に横座りした。僕は彼を乗せて、ゆっくりと自転車を漕ぎ出した。郊外の何もない、広々とした住宅街のアスファルトを僕は彼を乗せて、ふらふらと駅まで向かった。しばらく自転車を漕いでいるうちに、彼が尋ねた。
「ねえ、ゆうちゃん。」
「ん、何なら。」
「ゆうちゃん、彼女おらんの?」
「おらんよ。」
「そんなら、好きな人おるん?」
「おるよ。」
「どんなん?」
僕は沈黙した。
「ああ、分かったわ。この間の女じゃろうが。」
僕は以前、彼女でもなんでもない好きな女性の写真を彼に見せたことがあった。
「それが、どがいしたんなら。」
「まだ、あきらめとらんかったんか、しぶといの。脈ないじゃろうが。」
「ほっとけや。」
「のう、今度、俺に彼女紹介しんさいや。」
「なんでなら。なんで、わしがわれに女紹介せんといけんのなら。自分、もてるんじゃろうが。わしゃあ、知っとるんど。」
「あ、もてるよ、俺はの。なんぼでも。俺は間に合うとるけえ、ゆうちゃん、心配せんでええけ。そらええけえ。ゆうちゃん、俺にその子、紹介しんさいや。」
「なんでや。」
「そしたら、俺が、ゆうちゃんのかわりに彼女、口説いたるけえ。『ゆうちゃん、ええ男じゃけえ、あんた、付き合うたりんさい』、言うたるわ。」
僕は、彼に情けをかけられて、むっとした。
「かー、せからしか!」
すると、彼はむっとして、自分の腕で僕の腹をしめた。
「あっ、何、今の。ゆうちゃん、今、何って言うた?ゆうちゃんまで、俺んこと、博多んモンゆうて、馬鹿にしとるんか。」
「馬鹿にしとらんたい。」
「ほれ、やっぱり馬鹿にしとるじゃろうが。許せん!裏切りモン。」
そんな会話をしているうちに、ようやく駅が見えてきた。そのとき、彼が言った。
「ねえ、ゆうちゃん。俺、腹減った。今から、お好み焼き、喰うてかん?この駅の裏のセンター街、美味しいお店があるんじゃけど。」
「行かん。」
僕は即座に断った。
「何でえ。ええじゃろうが。喰うてこうやあ。いろいろ、トッピング、出来るんよ。うまいけ。」
「行かん言うたら、行かんわ。」
「何でじゃあ。ゆうちゃん、俺の誘い、断るんか。薄情なのう。」
「またの。今日はええわ。」
僕は彼を駅の階段脇に下ろした。
「ほしたら、また明日の。」
「うん。また明日、数学教えてや。」
「おう、またの。」
彼が駅の階段を上がっていくのを見送ってから、僕は、向きを変えて、自転車で帰宅した。