「考えているときは乞食、夢見ているときは神々」(ヘルダーリン)


数年前、美大出身の彼女はよく絵を描いていた。
ときどき、僕の絵を描いていた。他にモデルがいなかったから。
彼女が見せてくれる僕の顔は、いつも難しい顔をしていた。
「僕はいつもこんな顔をしているのか」と聞くと、彼女は「そうだ。あなたはいつもこんな顔をしている」といった。
またあるとき、彼女が見せてくれた絵を見ると、絵の中の僕は俯いて考え込んでいた。
「僕はいつもこんななのか」と聞くと、彼女は「そうだ。あなたはいつもこんなだ」といった。
その後も、彼女は僕の絵を書きつづけた。前からも、横からも、後ろからも、暑い日も、寒い日も。
絵の中の僕はいつもニーチェのように考え込んでいた。
思うにその頃の僕ときたら、はなはだしく考え込んでいた。
それからしばらくして、彼女はCGを描くようになり、とんと絵を描かなくなってしまった。


「この世で幸福以上のなにかを求める人は、幸福が彼の分け前とならなくても、不平を言ってはならない。」(エマソン)


僕はいつも幸福以上のなにかを求めていた。
毎晩、善意と欲望の入り混じった薄汚い夢を見ていた。
それは、この世から差別をなくし、すべての人を幸福にするものだと自ら信じていた。
かつて、僕の横ではいつも幸せが絵を描いていた。
幸せの描く絵の中には、いつも肘をついて考え込んでいる不幸がいた。
それが僕だった。