あるところに、Aさんというひとりの青年がいた。彼は無神論者を自認していた。彼はいつも口癖のように言っていた。
「この世には神も仏もない。死後の世界なんてない。幽霊なんていない。」


 あるとき、彼はお寺の前を通り過ぎた。
 彼は鼻で笑いながら通り過ぎた。
 あるとき、彼は教会の前を通り過ぎた。
 彼は首を横に振りながら通り過ぎた。
 あるとき、彼は神社の前を通り過ぎた。
 彼はにやにや笑いながら通り過ぎた。


さて、彼の友人でBさんという人がいた。BさんはAさんと違って、大のオカルト好きだった。ある日、BさんがAさんに言った。
「君、知ってるかい?道を歩いていると、霊柩車が通ることがあるだろう。そのとき、決して霊柩車に向って親指を立ててはいけないんだぜ。そうすると、特にふざけた気持ちでそうすると、霊柩車の中の遺体から離れていない幽霊に祟られるんだって。ホントにそれをやって、数日後に死んだやつもいるっていう話だぜ。」
すると、Aさんはいつものように冷淡に鼻で笑っていった。
「君はホントにバカだね。そんなわけないだろう。霊柩車に向って親指を向けて祟られるって?だったら、どれだけの、霊柩車の周りを歩いている人間が祟られることになるって言うんだよ。」
そう言って、AさんはいつものようにBさんの話を取り合わなかった。


さて、その日の夕方。Aさんが帰り道を歩いていると、一台の霊柩車が通り過ぎた。ぎょっとしたAさんは霊柩車が通り過ぎるのを確認してから、そっと握りこんだ親指を取り出した。