「心の琴線に触れる」っちゅう言い方があるね。
大辞林によると「外界の事物に触れてさまざまな思いを引き起こす心の動きを琴の糸にたとえた語。」てあるね。
心の琴線に触れるっちゅうのは、本来はええ意味で使われることも多いけど、悪い意味で他人の心の琴線に触れてしまうっちゅうこともあるね。
人は、誰しも、心に触れられたくないこと、心の傷、心の闇ってあるもんじゃのう。
じゃけん、わしらは、むやみに他人の心の琴線に触れんように、お互いに配慮をせにゃいけんのじゃろう。
ほいじゃけどよ。その一方で、わしは思うんじゃ。
人間は、自己責任において、自分自身の心の琴線には、己のために触れた方がええんじゃなかろうか。
何でか言うたら、それは自分自身の人格をゆがめておる潜在的な要因、もっと言うたら、「元凶」に他ならんからじゃ。
よう、こう言う人がおるね。
「今を生きよう。過去を振り返るな。」
ほいじゃけど、それはどうじゃろうか。
例えば、じゃ。
こういうことって、ありはせんじゃろうか。
あるところに、Aさんっちゅう人がおった。
Aさんは受験生じゃった。
Aさんはカンニングをして東大に入った。
その後、東大を卒業して、一流企業に就職した。
その後、仕事の面白さに目覚めて、一生懸命がんばり、出世した。
そのとき、Aさんはこう言うかもしれんのう。
「今を生きよう。過去を振り返るな。」
また、あるところに、Bさんっちゅう人がおった。
BさんはC子さんのことが好きじゃったが、C子さんはDさんと付き合うておった。
そこで、Bさんは計略をめぐらして、二人を仲たがいさせて、分かれさせた。
そして、Dさんと別れて落ち込んでおるC子さんを慰めて、ついでに口説いた。
そのうち、二人は付き合いはじめた。
そして、結婚し、子供ができて、今は二人で幸せに暮らしておる。
まあ、夏目漱石の「こころ」みたいなもんじゃのう。
そのとき、Bさんはこう言うかもしれんのう。
「今を生きよう。過去を振り返るな。」
それはほんまじゃろうか。
人間は、絶えず、うそをつき、不正をして、生きておる生き物なんかもしれん。
そうすることで、自分に有利なチャンスを掴んで生きておるんかもしれん。
ほいじゃけど、そのたびに、そのひとの知らんうちに、心の中に不純物が入り込んでくるもんなんかもしれん。
ほいで、それらは、だんだん堆積してきて、長い歳月を経て、その人の心の中で凝り固まってくる。
あるとき、わしらは、他人からこれに不意に触れられて、ぎょっとする。
このぎょっとするもんが、ほかでもない、「心の琴線」っちゅうやつじゃ。
ほいじゃけん、上のように考えてみると、これは「心の胆石」っちゅうて言い換えてもええかもしれん。
そがあなもんを長年放っといたら、その人はどうなってしまうじゃろうか。
ついでに言えば、「逆鱗に触れる」っちゅう言い方があるね。
この言い方がされる場合、触れる方が悪いかのように言われることが多いけれど、問題の原因そのものは触れられる人の側にあるんかもしれんのう。
何でか言うたら、この「逆鱗」ちゅうのは、その人の心の胆石が肥大化したものにほかならんからじゃ。
ようキリスト教徒の人が、「悔い改めよ」っちゅうね。
キリスト教徒ではない、たいていの人は、そういわれると、疎ましく思うもんなんかもしれん。
ほいじゃけど、それはおそらく、言われる人の受け止め方が、言うとる人の思惑と違うとるだけなんかもしれん。
「悔い改めよ」っちゅうのはどういうことか。
それはのう、要するに「心の胆石」を取り除けっちゅうことじゃ。
それは他人に強要されるもんじゃなかろうが、そうせんと、結局は、自分のためにならんもんでもあるんじゃ。
虫歯の治療を放っといたらどがあになるかは、誰でも知っとろう。
ほいじゃけど、念のために言うといたら、悔い改めるっちゅうのは、心の問題の解消であって、そのために、実際に何かをせにゃいけんかっちゅうと、それは一概には言えんわのう。
例えば、上のたとえで言うたら、Aさんが、いまさら、「実は、カンニングして東大に入りました」っちゅうて同僚に告白せにゃいけんのか。
あるいは、Bさんが、これこれでC子さんを口説き落としましたっちゅうて、C子さんに告白せにゃいけんのか。
ちゅうたら、これはまた別の問題じゃのう。
諸行無常ちゅうように、この世は、絶えず変化するもんじゃし、運命はどんどん変わってしまうもんじゃろ。
ほいじゃけん、AさんやBさんが上のようなことをしたところで、いまさら、とりかえしはつかんじゃろう。
ひとそれぞれじゃろうけれども、余計なことはせん方がええのかもしれん。
それはわしには分からんわ。
ほいじゃけど、そんな彼らでも、心の中で反省することぐらいはできるじゃろう。
それを「悔い改める」っちゅうんじゃ。
ときには「過去を生きる」のも悪うはないど。
最後に言うとくわ。
他人の心の琴線にはむやみに触れんように気をつけんさい。
ほいじゃけど、自分の心の琴線には触れられるようになりんさい。
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