僕は、ホラー作品が大好きです。映画も小説も楽しんでいます。
これから、本格的な夏になるにつれて、ホラー作品に接する機会も多くなりますね。

 僕自身は、理性では、霊魂とか異界なんて信じてはいないのですが、エンターテイメントとして、あるいは、文化論として、異次元の話が好きですね。

 ちょっと前、「リング」をはじめ、日本のホラーがハりウッドに輸入され、リメイクされた作品が続きました。でも、外国とは、特にキリスト教国での怖さの感覚というのは、日本のものとはかなり違いますね。
 恐怖の受け止め方、描き方も、その国の文化に深く影響されているというごく当然のことなのですが、そうした違いを知ることも、また、ホラー作品の楽しみ方の一つです。

 さて、ろう者の母語である手話も、当然、ろう文化が土台にありますから、ろう者の語るホラー、怪異譚も異文化の違いがあるはずです。
 とても、興味深いテーマなんですが、丁度、木村晴美さんの新着のメールマガジンに、そのことに関連したことが書かれていましたので、転載させていただきます。
 ろう文化というものを、怪談を通して少しでも理解できるといいなと思って、読んでみました。

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◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆ 
No.164 2010年6月4日
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■<文化> ゆうれいと手話でおはなし

 最近暑くなってきた。夏といえば怪談だ。聴者の語る幽霊は決まって「うらめし
や~」と登場し、ないはずの足から足音が聞こえたりする。しかし、「うらめしや
~」も足音もろう者には効果がない。

 これからお話しするのは、母が実際に体験したことだ。
 ある日、母が仕事をしていると、誰かがスカートを引っ張っているような気がし
た。どこかに引っかかったのかと見てみたが、なんともない。それでも何度も何度
も引っ張られる。そうしているうちに、とてもかわいがってくれていた義姉が亡く
なったと知らせが入った。さっきのスカートは、お別れを言いにきた義姉が引っ張
ったのかもしれないと思い至った。自分はろう者だから義姉は「さよなら」ではな
く、行動で知らせたのだろうと言う。

 しかし、ろう者に何か伝えるのだったら肩をたたくのではないか。まぁ、親戚と
はいえ聴者の伯母だから、話してもだめだということは承知していたが、しかるべ
き方法を知らずスカート引っ張り作戦に出たということか。これがろう者同士だっ
たら、肩をたたいて知らせたに違いない。

 ろう者の怪談でよく語られるものがある。
 あるろう者が格安のアパートに入居した。ある夜、誰かに肩をたたかれて目が覚
めた。
「あ、起きた」
 なんと幽霊が立っているではないか。
「やっと気づいた。初めて気づいてくれたよ。毎晩『うらめしや~』って言い続け
ていたのに、さっぱり気づいてくれなくてさ。どうもろう者らしいから、手話勉強
してきたよ」
 なぜ出てきたのか聞いてみた。
「だってさ、これまでの入居者ったら、1回『たすけて~』って声かけようものな
らすぐさま出て行っちゃってさ、誰も相手してくれないんだもん、寂しくってさぁ。
で、今度もダメもとで言ってみたら、あんたってば全然気づいてくれないし。めげ
ずに毎晩出てきてるうちに、どうやらあんたがろう者らしいと思ったわけ。で、手
話講習会に行ってみたら、手話には2種類あるっていうじゃん。あんたがどっち派
かわかんないから、しばらく様子見てたわけよ。そのうちどうやら日本手話派らし
いとわかってきたから、そっち勉強してさ。あれ、結構難しいんだよね。でも、ま
ぁここまで頑張ったってわけ」
 そこまで頑張ったには理由がある。実はどこぞに埋められたままになっているの
で、きちんと供養してほしいらしい。それを聞いたろう者は望みをかなえてやった
そうな。

 もはや、怪談ではなくデフ・ジョークだ。

 このような話もある。
 ある夜、ろう者がバイクを走らせていた。赤信号で停止すると、横に別のバイク
が止まった。どうも先日事故で亡くなった友人に似ている。ヘルメットを外した姿
は、たしかにその友人に間違いない。すると相手は手話で話し出した。
 「先にあの世へ行ってしまってすまん。実はうちのやつのことが気がかりでなら
ない。どうか面倒見てやってはくれまいか」と頼んで走り去ったという。ろう者の
幽霊はやはり手話で話すのだ。

 かくいう私も、意外に霊感が強い。ホテルの客室などで気配を感じたときには
「私では役に立たないから出てこないで。もう休みたいからこないでね」と手話で
言う。そう断言しておくと、わかってくれるのか出てこない。幽霊だから、もはや
手話や日本語という言語は問題ではなく、語ろうとしている思考を直接理解できる
のかもしれない。幽霊が実在するかどうかはさておき、怪談でさえろう文化と切り
離すことはできない。


(日本語訳:chu)

 以上、木村晴美さんのメールマガジンからの転載でした。
 去年立ちあがった地元の地域腎友会の最初の定期総会と、その後の、透析患者のしゃべり場というべき「透析サロン」という試みは、多くの参加者で当初の心配を吹き飛ばしてくれた。
 「透析サロン」の1回目は、日頃、我々透析患者がお世話になっている臨床高額技士の話を交えての、充実した透析ライフを過ごすための情報の提供が有意義であった。質疑応答では、日頃、聴けないような質問を患者が積極的に行った。
 その中で、透析中に血圧低下を起こし、その際に器械の温度を下げさせられて寒い透析に耐えているという高齢者からの質問があった。血圧低下を起こした場合、足を上げるとか、濃い食塩水を入れるとかの対処が行われることがある。一時的に血圧を上昇させる薬の服用もある。器械の温度を下げるのは、血管の収縮を利用したものである。でも、どの方法も、透析効率を悪くするとか、血管が傷むとかの悪影響があるので、本来はお勧めできないのである。

 この御老人は、自分の希望も込めて、シャルルボイルの法則まで持ち出して、血圧低下の時は、逆に温度を上げたらどうかと質問した。当然、技士さんからの答えも、それでは血流が良くなって余計に血圧が下がるというものであった。そして、今回の質問以前の問題点として、この老人の除水量が多いことが指摘された。実際、老人の口からも、毎回の透析で、身体から余分な水を全部のぞくことができずに、いつも透析後に「お残し」状態であることが判明した。さもありなんである。

 透析患者には、色々な体重が存在するが、ドライウエイトというのは、除水量を決める際の原点となる体重のことで、あまり科学的に決まるものではない。患者の体調や、心臓の大きさから医師が決定するかなりあいまいな体重の決め方である。透析導入の時に、「乾燥体重」という日本語が使われているのを見た事がある。変な訳であるとおもった。

 さて、毎回、余分な水分をとり続け、完全に身体から余分な水分を除けない状態が続くと、心臓が肥大する。肥大した心臓は、最終的には元に戻らなくなり、心臓の収縮が満足に行われなくなり、最終的には、心不全を起こし死に至る危険性がある。それまでには、時間がかかるので、透析中の激しい血圧低下や、足の痙攣、いわゆる足がつりやすい原因となっていく。
 どの透析施設にも、モンスター患者はいるようで、一日置いた体重の増加が4キロとか5キロといった恐ろしい体重測定から透析が始まるのである。そうした患者は、当然、スタッフから注意を受けるのだが、絶対に自分は水分をとっていないと言い張る人がいるのである。きっと、空気中から水分が吸収されるのだろう。

 でも、最終的には、スタッフも注意するのを控えるようになる。毎回の言い訳にもうんざりであろうし、結局は患者本人に、それなりの結末が訪れるのだから。

 そうした患者の行動を「緩慢たる自殺行為」と呼んでいる。自分で死に至る道を選ぶのだが、時間がかかるので、自覚がない自殺行為と評価されるのだ。

 30年以上生存の透析患者は、水分管理は厳しいくらいに守っているそうだ。彼らが透析を導入した頃は、まだ、透析技術が進んでおらず、器械を使っての除水はほとんどできなかったから、自然と水分管理をせざるを得なかったのだ。それが生き残った最大の理由なのかもしれない。御飯も、食べる前にフライパンで炒って、少しでも水分をとばしたそうである。

 たまに、体重の増加が多くても仕方ないが、それが常習となると「緩慢たる自殺」をしていることになるのだ。