Topaz

Topaz

2020年の様々な騒ぎにより、社会への疑問を再燃させました。
陰謀論を追いかけた20代、社会に順応しようとした30代。
40代の今、思うことを書き残すブログです。
「いいね」をくださる方々、ありがとうございます。

Amebaでブログを始めよう!

いつも「ここ」が

いつも「これ」が

最後だと思えれば、

人間は自分の想像を超える力を発揮する。

 

明日があると思えば、

明日に備える為に

力(お金=保険)を貯める。

 

明日がないと知れば、

最後の力を振り絞り、

自分と対話した末、力を出し切る。

 

どのみち唯一できる事は

次の世代、後世に繋ぐことだ。

遺す事でしか、生きた証は残せない。

人の記憶にある限り、その人は死なない。

傲慢な人間は生きている内に銅像を建て、

謙虚な人間はししてなお記憶に留まる。

歴史に名を刻む偉人は、教科書に載る。

 

これが「最後」だ。

次が「最後」だ。

そう思えたなら、行動は一つ。

選択肢は究極の状態(集中力、思考力、生存力)で導き出される。

人間の底力は、ストレスや薬や奴隷制にも耐えうる。

それもまた「選択」の一つである。

それは先人たちが勝ち取ってきたもの。

2世、3世の議員や社長が典型的にダメになるように

我々全体も常に徐々に失っていく。

当たり前は何かを失った結果だ。

 

いつも次があると思っている。

今回で最後かも知れないのに。

先人たちの思いやりは、

後世の人に引き継がれる。

失っていない者に

手に入れた物は分からない。

こうしてこの世は繰り返す。

歴史を正しく伝え、学ぶ事でしか手に入れる事は出来ない。

それぞれがブッダのように、キリストのように

一人一人が考え学び失敗し挑戦する。

大前提に辿り着けるのも、先人たちの教えがあった。

一世代でも二世代三世代と受け継がれきたもの。

我々はどこまで考えることができるだろうか?

 

今を見据えて繰り返すか

明日を信じて歩き続けるか。

繰り返す今は、今を生きるものの多い

夢を見る世代。

たられば、きっと、いつか、

希望の言葉を呟き

仕方ないと方を付ける。

過去を失い続け、

今を積み重ねる。

 

全て、終わっていく。

これが「最後」とも気が付かない内に。