一番仲良しの友達、何型? ブログネタ:一番仲良しの友達、何型? 参加中
本文はここから

 不思議と仲の良い人って血液型同じ人が

多いですよね?僕の場合、全く意識してなか

ったんですけど、切れずにお付き合いしてい

る人達の多分8割以上がO型です(笑)

今の仕事で出来た仲の良い先輩方も比較的

O型の方が多いですね。

自分から血液型を聞く様な事が無いので、一

緒に飲みに行ったりしたときに誰かが血液型

は?とか聞きだすと、やっぱりなって感じです

(笑)

過去の大震災経験者の皆様、これからの復興の知恵を教えてください ブログネタ:過去の大震災経験者の皆様、これからの復興の知恵を教えてください 参加中
本文はここから

 僕は今まで、震災のみならず、災害にあった

事もほぼ、ありません。唯一、自宅が火事で全

焼した経験があります。その時の事が参考にな

るのかは分かりませんが、当時を振り返ります。

仕事中に電話が鳴り、家族ぐるみで付き合って

いるお宅のご主人からでした、珍しい人からの

電話に、?でしたが、電話に出るとおじさんが、

おちついて聞けよ、からの家が燃えてる。といっ

た内容でした、突然の事で訳も分からず、とりあ

えずおじさんの慌てぶりから、冗談でない事だけ

は理解しました。すぐさま、上司に報告し、仕事を

切り上げ、1時間とすこし、車を飛ばすと見慣れた

景色の中に数台からなる消防車、人だかりができ

ていました。その人たちの見つめる先は僕の実家

でした。痛々しい煙が立ち上り、火は目視で確認

出来ない程度になっていましたが、変わり果てた

家の姿に、言葉はありませんでした。

既に現地には父を除く家族全員がいました。皆の

無事はおじさんからの電話で分かっていましたが、

安心しました。僕が家に到着してから1時間半程度

たったころでしょうか?母が、消防の方々に掛け合

って、自宅内への入室をヘルメット着用を義務とし、

許していただきました。むせかえるような煙の臭い

と味。住み慣れた我が家はたまに映画のワンシー

ンにある、廃墟でした。出火元の2階の南側の和室

と父の書斎は全く原型が無く、北側にあった僕の部

屋から、焼けていない衣類を持って自宅を後にしま

した。同様に母、姉も自宅内に残った『使えるもの、

思い出の品』を持って、後の作業を消防の方々に

お願いしました。母は、母の母(おばあちゃん)にもら

った着物の無残な姿に涙していました。息子ですが

掛ける言葉はありませんでした。

被害内容が長くなりました・・・(笑)

その後、まず拠点が無い事には始まらないので、母

が好意に付き合っている方の厚意でアパートを借り

その部屋を拠点にしました。幸い、延焼も無かった事

日頃から周りの方々と仲良くしていた事も手伝い、

日々の暮らしを気に掛ける事も、仕事に穴をあける事

もありませんでした。部屋を提供してもらい、諸手続き

をしている間も様々な方々から何かやれる事はないか?

と気に掛けていただいたおかげでした。

僕が言える事は、人は一人でない事。周りの方達は、

思ったより自分達に温かい事。思いやりに支えられる事

は、迷惑であると支えられる人間が思うほど、支えてい

る人間は苦にしていない事。という事です。

簡単な言葉で申し訳ありませんが、古くから『困った時

はお互い様』という言葉があります。

まず、甘えられるところは甘え、感謝する事。出来る事

は自分でやる事。振り返らず、前を向く事。

被害に合ってしまった人たちに言える事です。

好意に甘える事と出来る事とを掛け合わせ、今僕が思う

のは被害地に残り、生活をしている方は、受け入れ住宅

に移る事が一番の早急な問題解決に繋がると思います。

そして、前を見る為に出来る事をする。仕事、手伝い、

呼びかけ。酷な内容かもしれませんが、被害地に残り

打ちひしがれる事は何の解決にもなりません。

復興作業を早めるためにも僕は被害地から一時、身寄り

のないところでも構わない、移るべきだと思います。

その上で、移り住んだ街で職を探し、リハビリの意味も含

め働いて下さい。家事の手伝いでもいい。何もしないとふ

さぎ込みます。みんながこの災害の事を知っています。

甘えて下さい。それが、被害に合われた方だけでなく、何

か手伝いたいと歯がゆく思っている人たちの為にも繋がり

ます。こんな時だから分かる事があります。

僕は今回の震災と比べれば本当に大したことではありませ

んでしたが、最も尊い事をあの時学んだ気がします。