今 …


【高野山・金剛峯寺】と 【吉野山・金峯山寺】が 奈良県と共同で 大きなプロジェクトを進めています。


それは 高野山開創千二百年 (平成27年)に向けて 名僧 空海の少年期の足跡を辿ろうという 壮大なロマンの構想です (^_^)。


これを成功させて 世界遺産 【紀伊山地の霊場と参詣道】の中の二大霊場 高野山と吉野山を結ぶ 新しい巡礼道を造ろうと いう訳です。


平安期に書かれた詩文集 【性霊集】の中に 空海は子供の頃 吉野山から1日 南行し 更に西に2日歩いて 高野山に着いたという記述があります。


それに基づいて ルートを選定 整備するんですが 山 また山を登り 分け入らないといけないので 担当者 研究者は 大変な重労働だと思います(;´д`)


金剛峯寺は高野山真言宗の総本山。金峯山寺は 金峯山修験本宗の総本山という事で どちらも日本の代表的な山岳寺院です。


ここで 改めて 誰もが知っている名僧 空海のおさらいを …


香川県のお生まれで ご存知のように真言宗の開祖です。


四国や大和で修行の後 遣唐使として 中国に行き密教を しっかりと勉強。

帰国してから 京都 神護寺に入山。それから高野山を開山して 【真言宗】を立宗。


【即身成仏】を説いた 日本屈指の思想家ですね (^_^)


勿論 三筆の一人です。


私は 実家が真言宗で 叔母が僧職でしたので 幼い頃より 様々な説法を 身内や他の地位の高いお坊様から 教わりました。


しかし その割に 煩悩に惑わされる事が多くて いい大人のくせに 反省の日々を過ごしております (^^;)ゞ


【人生 是 日々精進】


今朝は この言葉をご挨拶と させて頂きます m(_ _)m
【葦舟】は先日亡くなられた 河野裕子さんの最後の歌集の題名です。


彼女は 細胞生物学の権威 永田和宏博士と結婚されて 長男 淳氏と 長女 紅さんが産まれ 一家4人すべてが歌人という とても稀な家庭でした。


それぞれが家族の事を詠むから 家の内部事情が みんな読者に筒抜け …


だから サザエさんに似せて 【歌壇の磯野家】と呼ばれて親しまれたそうです。


彼女の死の数日前


永田博士は 自分の仕事を支えてくれた裕子さんを失う不安を 身悶えするような文章で エッセイとして書きとめました


すると 裕子さんは 「自分も 受けて書かないと…」 と


最後の力を振り絞って 夫と子供 知人 看病してくれる看護師と医師などに 感謝の気持ちを綴った …


別れの訪れは その後 まもなくだったと 8月16日付の 「産経抄」に書かれていました。

健気にも ご家族は 読者が待っているからと リレーエッセイを いつか再開させるそうです。


【遺すのは 子らと歌のみ 蜩 (ひぐらし)の こえひとすぢに 夕日に鳴けり】


芭蕉の如く 気高い歌人が この辞世の句を残して 息を引き取ったのは 迎え火を前にした 12日の事でした。


改めて 私も合掌させて頂きます m(_ _)m
長い間眠っていましたが…


昨夜 とある親友に ブログを早く書けと催促されて 叩き起こされたので


ノコノコと また起き出しました (^^;)


皆様 お盆休み如何お過ごしでしたでしょうか?



何故 お盆という行事が 日本にあるのか と言えば …


そもそもの由来は仏教から来ていますが 今では 先祖の霊をお迎えする民族行事になってます。


関西では 13日に桃燈に【迎え火】を灯します。仏様は この灯りを辿ってお戻りされます。

胡瓜と茄子に割り箸などを刺して 馬と牛の形を作るのにも 理由があります。


御先祖様は 胡瓜の馬に乗って お戻りになり 茄子の牛に荷物を載せて あの世にお帰りになるのです。


だから墓前 御仏壇 精霊棚に飾る時は 胡瓜と茄子の向きに注意して下さいね。


お迎えは内向き 帰りは外に向けて飾らないと 御先祖様たちは迷子になるかも …


死者があって 新しい仏が出来た年は 【新盆】になりますので きちんと供養しなければなりません。


【送り火】をするのは 帰り道を照らすためです。


皆様がよくご存知の京都の五山送り火 (大文字焼き)などが その代表的な例として挙げられます。


そして最後に 精霊流しが行われて 御先祖様があの世に帰られるのを 見届けて お盆行事は終わります。


残念な事に 私の住む大阪市では 核家族がほとんどのため このような由緒ある歴史的行事は 年々 廃れていく傾向があります。


せめて 墓参りぐらいはしないと バチがあたるので 私も先日 家族とともに黙祷を捧げてきました。


すると そのお陰なのか 当日は仕事が早めに終える事が出来て 家族と外食の約束をして 難波で待ち合わせ。


触れ愛地蔵と 法善寺の水掛け不動さんにも お詣りして来ました。


我が家は あちこち宗派問わず お坊様の説教を聴き お寺と神社に参詣して クリスマスには キリストまでお祝いします。


主体性に欠けている事は確かですが 別に不自由でもないので これでいいのだ~ と 私もかあさんも バカボンも 思っています (^_^)
toothinさんのブログ-P2010_0813_195853.JPG
toothinさんのブログ-P2010_0813_201523.JPG