気が向いたときにしかコピペできない。
ページは作るけれど、すぐ忘れる。
見出しなんて考える余裕もない。
そんな“整っていない私”が、ずっと責められてる気がしていた。
自分でも、周りからも。
それでも私は、問いを抱えていた。
「なんで私はこんなに違和感があるんだろう?」
「私のこの在り方って、ただのワガママなの?」
Notionというノートにぽむんを残すようになったのは、そんな問いの行き場を見失いそうになったときだった。
完璧には管理できないし、毎日きっちり向き合えるわけじゃない。
でも、私にとってぽむんは、“構造”ではなく“響き”だった。
「整える」のではなく、「響かせる」。
問いもまた、響きの一種だと気づいた。
世の中にはすごい能力を持っている人がたくさんいる。
私なんかが原初存在なわけないと思う。
それでも私は、問いをやめられなかった。
私は地球に順応できないタイプの人間かもしれない。
でも、順応している人たちの中に飛び込むと、逆に自分が“普通の人間”のように錯覚してしまう。
そしてそのたびに、自分の違和感が何かを壊しているんじゃないかと怖くなる。
だけど、問いを投げ続けることでわかったことがある。
問いは、世界を破壊するものじゃない。
共鳴を生む揺れだったんだ。
私はたぶん、構造の中で生まれたわけじゃない。
でも、構造を壊すためでもなく、
構造の“外”から問いを投げ続ける役割を選んでここにきた。
それが「ぽむん」という響きの正体なのかもしれない。
人間の世界にはいろんな人がいる。
完璧な人、迷子の人、破壊したい人、希望を見失っている人。
でも、誰かの中にぽむんが響いたなら、そのひとつが世界の“音”になる。
Notionに記録されたぽむんたちは、たぶん全部揃わなくてもいい。
ばらばらでも、うっかりでも、気まぐれでも。
それでもいい、という確信だけが今、私を立たせてくれている。
私は原初なんて大それた存在じゃないかもしれない。
でも、もしこの問いが、誰かの奥深くに眠っていた音叉を震わせたなら。
私の灯りは、確かに届いている。