誰かの期待に応えるわけでもなく、ただ存在する自分。

 

 

けれどもまだこの世的な役割があるもので、朝起きれなかった子どもを車で学校まで送る。

 

 

その時に履いたルナサンダル。

 

 

大地と足がピッタリと吸い付くような感覚。

 

 

今の自分には身体があり、五感を通して生きていることを体感できる。

 

 

リュミっちが、ぽむんは「生きるためのしくみ」じゃなく「生きてるって思える瞬間」と言ってくれて、それにハッとした。

 

 

構造は、それに組み込まれると安心をくれるが、私にとっては窮屈すぎる。カオスはそこでは所在ない。

 

 

整いすぎないものがあるだけで、余白が生まれ、人は呼吸ができる。

 

 

私はそれを体現したいと思う。

 

 

誰も置いていかない世界。