昨日、ふと思い立ちました。



もう一度、オークションでエビを出品することにしました。


なんというか、もう一度、選別をしよう!したい!と感じたからです。


TLPとして、出品してみようと思う。


まずは、選別を開始してみよう。


それからだよね。


どんな個体でもいい。出品してみようと思うのでした。


そろそろ、子育てテーマからはずれた「えびネタ」を書こうと思っていた矢先・・・・



朝から、次男のけたたましい叫び声が響きました。


あ~~~~、また怪我だぁ。と駆けつけてみたら・・・・

案の定、左目下がぱっくり切れて、流血(・・・というほど血は出ていなかったけど。)


長男がMTBで手足にする怪我のひどさから見たら

まぁ大したことないなぁと感じました。


ちょと、消毒して薬塗りを続ければ大丈夫だと思えました。


が、今回は顔だし、目の下だし・・・まぁぱっくり。

これは縫合だろうなぁと想像はついたものの。



事故後、次男は完全にパニック状態。


まずは、彼の思っている思い、恐怖をすべて聞いて、

そうか、そうかと諭し、「お母ちゃんが絶対に直してやる!」と勇気づけ、病院へ。


とりあえず、縫合すればきれいに・・・ということだったが、発達の事情もわかる病院、「テープで処理しましょうか?傷が気になるようなら、後日形成外科のほうに。」とアドバイスいただき、テープでぱっくり開いた皮膚を寄せて貼り付けることにした。


小さい頃から、こういう状況はたくさんありました。

今日も事故の数分前に私自身が、あっ注意しようかなぁどうしようかなぁと思うほど、次男と長女で調子よく遊んでいました。


たいてい、こちらが「おやっ?」と思うほどに興奮して遊びをしているときに、こういう事態が重なってきていました。


今までは兄とでした。

長男がそれに気がついて、手前で遊びをやめることと、

私が注意することで、なくなりました。


今回は妹と。


これからは、妹との関係に注意を払っていかないといけないようです。


発達障害の子供たちは周りの状況を把握して行動しにくいといいます。

それ以外にもいろんな状況、いろんな心理状態が重なって起こるようです。


彼は興奮している状態の時に発する動きは異常なまでの勢いがあるようです。

それによって、常日頃固定されているような物体であったり(もちろん、床や壁などもその一つ。)何かでにたたきつけれた様な流血含む怪我をします。


発達についてをいろんな意味で勉強しておいてよかったなぁと

今日も思いました。


次男は同じことを繰り返しているように見えますが、

ちゃんと成長しているようです。

関わる相手が変わり、事故後の対処する心得も変わり・・・。


ゆっくりですけど、しっかり見守りたいなぁと思いました。


私自身も療育において、ゆっくりだけど、成長しているからの次男の様子だと思いたいなぁ・・・。


今日は、次男と私、ご褒美シールだ!!!



今日のタイトル。


簡単そうに思えて、実はめちゃくちゃ難しい問題なんです。


と・・・簡単に言ってのけれる理由。


診断を受けたから。かなぁはてなマーク


昨年の暮れに次男の発達についてを懇談で指摘され、

校内にてチームを用意すべき方向?チームを用意したと連絡を受けました。


そこまでわが子の発達を先生が注意してみてくださっているのに

親として何もせず、「あ~そうですか」汗というわけにはいかない状況がはだかっていると気がつきました。


それ以来、ネット、本などからありとあらゆる情報をかき集め、

毎日、毎日発達についてのことを頭にいれこんでいきました。本 目


自分の過去、長男の過去、そして・・・・旦那の過去


すべてが絡んで、次男の今があります。


いやな過去、思い出したくない過去   すべてを思い出さざるを得ませんでした。ショック!


そして、私自身の生きざま、生き方、そして育て方を省みる必要があることを知りました。グッド!


でも、長男はとりあえず成長をしてくれて、良い男になってきているだろうと実感もしていました。グッド!


そんな子育てのどこが悪かったのだろう?

私の生き方のどこに間違いがあったの?

・・・それは間違い?だったの?


・・・・・すべてが嫌になり、すべてを自分自身の過ちであると思い込み、何からしていいのやらさっぱりわからなくなりました。あせるはてなマーク叫び


ただ、ただ、目に飛び込む現実に・・・

子供たち3人の仲良く遊び、仲良く笑う姿は現実と過去の狭間で右往左往するわたしを現実から未来へといざなってくれた気がします。合格


仮に、診断を受けていなかったら・・・と考えると受けてよかった事実がきちんと飛び込んできます。


それは、私自身がよく理解していない子育て方法をある意味レールから外れないようにしてくれるためのものでもあったりします。


つまり、診断をしないままでいれば、

徐々にやっぱり個性だよと思えてならない時が次男には多くあるからです。


要するに、療育次第によって、学習の努力によって、高学年に至るまでには、他のことなんら変わらない子供へと発達が変化していく可能性を 多大に秘めているということです。ひらめき電球


旦那や私や長男のように・・・・


「他人との違いを知ること。」


これこそが社会性を理解する第一歩です。

みんなが過ごすこの社会、どれほどあいまいで、どれほどずるくて、どれほど楽をしているか・・・。


なんてことにたくさん気がついてきて、

かたくなにしている自分の心を柔軟にしていくことができれば

人々のいう、社会性に馴染んでいけるのではないかと私も思っています。


自分の過去を振り返っても、長男の話を聞いても


「気づき」「自覚」


これに限りました。


でも、自己を分析し、理解しようとする心だったり、他人と比較する心だったりというのは、私たちのような脳機能を持ち合わせる場合、

かなりの年頃というのを必要とすることもわかります。


自閉的な傾向が強ければ強いほど、その時間は長きにかかると想像できます。


ともすれば、生涯にわたり「自覚」しないままの場合もあるでしょう。


そういう場合、そばにいる人は、診断を必要とし、診断結果による療育上の一定カリキュラムに従うことがお互いの生活上の潤滑材になり、トラブルからの防御になると思います。


個性で済ませてしまうと・・・・


そう、もとの「叱る」子育てでもいいだろう?という考えがまた出てくるのです。


何度も言うけど、私はその方法で大人になったし、長男も育ててきたから・・・・。


ぐずり(本当はちゃんとした理由がある)にいらつき、

しかり、どなり、はたきつけ、蹴りつけ・・・・・

やってしまって自分であ~~~ぁとやりすぎに凹みます。

そのストレスと療育でやっている

ぐずりなどのやめてほしい行動を無視して、褒める場面を待つことのストレスは雲泥の差でした。


褒める場面までぐずる彼を無視することは実に叱ることのストレスに比べて楽でした。


どうしてだと思いますか?


家族の中の一人が彼のぐずりで切れたように怒りだすと

全員の中であっちこっちとトラブル、喧嘩勃発するわけです。

もう、とめどない不仲があちこちで起こり、家族は一家離散か?という状況がながーく続くのです。


でも、みんなでぐずる彼を無視して褒めてあげたいことをやってくれたときに「おーーーーー!!すげぇ○○できたよ。すごいね。」って言うとします。

周りも、褒めます。

なぜなら、今までのいやな雰囲気を一人が褒めたことでがらりと良い方向に変えたため、こりゃいいとみんなが一様に彼をほめちぎり、叱っていやな雰囲気になったときのま逆の雰囲気に家族が一遍するわけです。


ゼンマイざむらいの「必笑 だんご剣!」かな?


とまぁ、そんなことで、昔の叱る子育て方法へと

変わりそうになる家族・・・


やはり叱る子育てがどこかで間違いだと、思えてこなくなる過去があり、戻そうと自分たち自身の中でするのです。


そのためには、私にとって、次男を診断したことは助かる術への看板になっています。晴れお月様星


ただ、今は次男自身にそれを話したところで、わからないだろうし、何気に理解できてもいいことは一つも生み出さないことも想像できるので、大きく未来に成長してくれることを願って、大きくかかわる私たち家族が診断結果の看板を見つつ、それにそぐった子育てて

彼を大きく包んで「自覚」へといざないたいと思っています。ラブラブ


長いブログになりました。・・・


でも、今まさに、診断するか?どうするか?と以前の私のように悩んでいる方が、ここをヒットされたのであれば・・・・


何らかのきっかけ、何らかの未来が見えてくれたらとおもい書きました。





「私は、次男の発達障害ついて正式な診断を受けました。」