猛暑の夜。エアコンを弱にしても、部屋は蒸し風呂みたいに熱を帯びていた。僕は冷蔵庫から取り出した炭酸水を片手に、テレビをつけた。ちょうど「FNS歌謡祭夏」が始まるところだった。画面越しに聞こえる平井大の声が、夜の静寂を切り裂く。


突然、スマホが震えた。通知欄には「トカラ列島地震 大地震」の文字。心臓が一瞬止まり、胸の泡が弾けるように脈が速くなる。


「ヤバい…」とつぶやいて、僕は一口、炭酸を飲んだ。泡が喉に刺さる感覚が、現実に引き戻す。スマホを操作すると、「雨雲レーダー 名古屋」と「落雷情報」も急上昇中。外は雷雨か。部屋の中でテレビとネットを同時に流しながら、僕は現実と仮想の境界線に溶けていった。


次の瞬間、画面が切り替わった。「大坂なおみ インスタグラム更新」。全くときめかない自分に気づいて、苦笑いする。ナスダックの株価も気になるけど、正直、チャートを見るほど余裕はない。


FNSはクライマックス。ミセスのタイムテーブルが流れ、その映像に見入る。だが、頭の片隅では「猛暑 地球温暖化 対策」のニュースがリピート再生されている。僕はリモコンを握りつぶしそうになる。絶頂と不安の波に飲み込まれながらも、それでもテレビを消せない。


炭酸で胃袋を冷やしながら、僕は考えた。こんな真夏の夜に、自分は何を信じているんだろう?インスタの“いいね”?地震速報?それとも、透明な泡が弾ける瞬間の、ほんの少しのリアリティ?


キッチンの蛍光灯がちらついた。雷か?でも気づけば、炭酸水はもう空っぽになっていた。振り返ると、テレビもスマホも静かな画面に戻っている。僕は壊れたリモコンをテーブルに置き、窓の外をぼんやり眺めた。


夜風はまだ熱を帯びている。けれど炭酸が吐き出したあの音、あの泡の刹那の透明感が、今夜の僕にとって唯一、裏切らない真実だった――。