不注意優勢型adhdと息子の成長日記~ママと進もう~

不注意優勢型adhdと息子の成長日記~ママと進もう~

発達障害(不注意優勢型adhd)の息子『ぴこ』と、うつ病を経験した超発達凸凹の母親『ぴこママ』(不注意優勢型adhdらしいby担当医)の成長を記録していきます。
後から振り返って傾向と対策を考えるための記録でもあります。

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私は、自分自身の考え方や感覚、理解の仕方に自信がありません。

それは、昔から周りに理解されないことが多かったから。

理解されないだけならまだしも、軽蔑されたり、叱責されたらもよくありました。
他人を傷つけたり、法に反することはしていなくても…


『人を叱責』するということは、[自分の意見を絶対だと思っている人間がすることで、傲慢なことかもしれない]と思ってしまい、他人を叱責することは出来ません。

他人に対する『怒り』の感情もいつの間にか消えました。

他人に怒りを感じるほど、自分は正当な人間ではない。
と思ってしまうから。

そのかわり、『怒り』は『哀しみ』にかわりました。

『喜怒哀楽』は『喜哀哀楽』です。

常識やマナーも人それぞれだと思ってしまいます。

それらを自分から守ることは良いこと。

でも、それらを守らない人を責めたり、強要したり、叱責することは傲慢なこと。
と思ってしまいます。

これだけではなく、書きれませんが、他人からはなかなか理解してもらえない事が多くありました。
勿論、親や身内からもです。

私のような考え方の人間が増えても、犯罪が増えたり社会が乱れたりするとは思えないけど、認めてはもらえないのかな……

この感覚は、社会的に通用しない、とわかっていても、止められるものではないんですよね、。

でも、どうにかしないと社会では生きていけない……

これらの葛藤と自己否定は今も続いています。

だからか、職場でも、なるべく自分の意見を言わないようにしています。
他の職員とも上辺での会話。
なるべく自分を出さないように……

これが、自分自身を守る方法です。
自身が悲しまないで済む方法です。


それでも苦しくなると、ブログで吐き出します。


最近、自分は何が正しくて何が悪いのか、わからなくなっています。
物事は見方によってはどうとでも見れるから。
いろんな考え方があるから……と考えると、全てのことが曖昧で形のないものに見えます。


私は親友と言える友達が出来たことがありません。
多分、この性格からです。
本当に話の合う友達は出会ったことがないと思います。
私が他人に興味がなく、分かり合おうとしないのかもしれません。

この前、テレビを見ていて、
『この人とは話が合いそう……』
と勝手に感じた人がいます。

 デープスペクター( ´艸`)オモイコミ……


性格を変える、とか、よくありますが、考え方や感覚は変えられるものなのかしら……

若い頃は、この考え方を変えるにはロボトミー手術を受けるしかない……と本気で考えたりもしましたが、神経伝達物質の問題なら、薬で変わるのかな?


はい!吐き出し終了!!