リーフレット
日光のツアーで僕が一番行きたかったのは、というより、なにしろ「イタリア大使館別荘」を観に行きたくて、どうしたら行けるかいろいろと考えましたが、結果的に「大人の休日倶楽部」のツアーに参加して、「イタリア大使館別荘」を観に行って来たというわけです。
吉永小百合のCMでおなじみの「大人の休日倶楽部」、そのCMの撮影に「英国大使館別荘」が使われていました。ツアー客のほとんどは、吉永小百合のCMを見て参加したようですが、僕はこのCMが公開される前に申し込んでいたので、後でそのCMのことを知りました。
日光・英国大使館別荘記念公園!
きっかけは偶然、「美の巨人たち」で放映された「旧イタリア大使館別荘」を観たことによります。放送日は2014年12月13日でした。不覚ながらそれまで、奥日光の中禅寺湖畔にあるイタリア大使館の別荘が、しかもそれがアントニン・レーモンドの設計したものだとは知りませんでした。レーモンドの別荘といえばよく知られています。、コルビュジエの「エラズリス邸計画案」の影響を受けた「軽井沢夏の家」がよく知られています。なにはともあれ、中禅寺湖に面して水平に広がる別荘はもちろん、杉皮の使い方をこの目で確かめたいと思いました。
以下、「死ぬまでに見たい洋館の最高傑作Ⅱ」より引用。
明治23年に宇都宮と日光を結ぶ鉄道が開通すると、奥日光・中禅寺湖周辺には、夏の冷涼な気候を求めて秘書に訪れる在日外交官が増えていきました。それに合わせて欧米の大使館の別荘も次々と建築されるようになり、「夏には外務省が日光に移る」といわれるほどの賑わいだったという。
そんな中禅寺湖畔の静かな森に抱かれるように、ひっそりと佇むのが旧イタリア大使館夏季別荘です。敷地内には本邸、副邸、管理人住居などが建っていたが、本邸と副邸だけが現存する。
本邸の先からは中禅寺湖に向かって桟橋がまっすぐ延び、夏にはおそらく歴代のイタリア大使一家が、ヨットやボート遊びを楽しんだのだろう。まるでプライベートビーチのようなロケーションだが、喧騒とは無縁な閑静な立地が、建物の存在感を引き立たせている。
この建物は平成9年に、栃木県がイタリアから買い取り、建築された昭和3年当時の状態に解体復元しました。傷んでしまった部材以外は、すべて当時のものをそのまま使用しているという。中略
この建物は外装・内装を問わず、随所に杉の皮が使われているのが特徴です。たとえば、外壁を個性的に演出する市松模様を杉皮と杉板でデザインし、今の天井には渦巻き状に杉皮を貼って竹の竿縁で仕上げるなど、細部まで徹底して杉皮が使われている。
設計:アントニン・レーモンド
1888年、チェコ出身。1910年にアメリカに移住し、帝国ホテル設計施工の助手として、1919年にF・L・ライトとともに来日。日本には、出解説した建築事務所前川国男らが所属。モダニズム建築の作品を数多く残している。
西北側外観(玄関側)
西側外観、暖炉の石積が見える
西南から見た外観
南側外観、桟橋先端からの眺め
書斎
居間
居間から食堂を見る
食堂
広縁
広縁の天井
2階寝室
窓から中禅寺湖と桟橋を見る
中禅寺湖に延びる桟橋
東南側
東南側外観
東南からの見上げ
「美の巨人たち」
アントニン・レーモンド「旧イタリア大使館別荘」
放送日:2014年12月13日(土) 22時00分~22時30分
今日の作品は、中禅寺湖畔に佇む、アントニン・レーモンド作『旧イタリア大使館別荘』。約90年前に建てられ、歴代の駐日イタリア大使が夏をすごした木造建築です。日光の職人が建てたという別荘のみどころは、数寄屋建築にも見られる網代に組まれた天井。そこには日本人の想像を超える巧妙な仕掛けが!それは敬愛する建築家フランク・ロイド・ライトからの脱却の現れでもありました。唯一無二の別荘に見え隠れするレーモンド建築の奥深さに迫ります。
アントニン・レーモンド「旧イタリア大使館別荘」
もう一つ、なぜかこの本を持っていました。
「イタリア大使館別荘」は、これに載っていました。
「死ぬまでに見たい洋館の最高傑作Ⅱ
2014年6月30日初版第1刷発行
発行所:株式会社エクスナレッジ
(イタリア大使館夏季別荘)
もう一つ、出てきました。2016年1月に開催された、
銀座の「教文館創業130年記念」の展覧会です。
「イタリア大使館日光別荘」
「日本近代建築の父 アントニン・レーモンドを知ってますか」より
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