東北大学のある部活に所属する筆者の、どんと祭の日に体験したことを書き連ねた文章です。
学内の人しか分からない箇所もあるかもしれませんが、ご了承ください。
どんと祭が何かわからない人も、読み進めれば分かります。
1月14日水曜日、午後6時。天気予報によると気温は0度。そんなとにかく寒い日だった。少しでも体を温めようと小走りでサークル棟に向かっていた私の目に、白い布一枚まとっただけの上裸の男たちが飛び込んできたのは。
私は幻覚を見ているのか。いや違う。狂っているのは彼らの方である。彼らは一体何をしているのか。しかもたくさんいる。ざっと数えただけでも15人はいる。部室へ向かう階段でも、提灯ちょうちんを持って降りてくる彼らとすれ違った。当然、上裸だ。
どうやら、信じたくはないが、この奇怪な集団の本拠地は我らが部室と同じ階にあるようだ。きっとY染色体のきつい匂いが充満した部屋なのだろう。
最初彼らを見たときは、冬に無謀な水垢離をして心臓まひで命を落とした修行僧の幽霊の群れかと思い驚いたが、部室にしばらくいたらその奇怪な男衆のことは忘れてしまった。我らが部室にも奇怪な人物は多い。
しかし、部会開始からしばらくした頃、何やら窓の外が騒がしくなった。眼下を見下ろすと、そこでは先ほどの奇怪な上裸集団が、歩道を我が物顔で練り歩いているではないか。しかも、先ほどより数が増えている。彼らの掲げる提灯には「〇〇同好会」と誇らしげな筆文字が躍っていた。
私は、サークル棟312号室には後生近づかないと決めた。
今日14日が仙台伝統の「どんと祭」の日だと思い出したのは、こうしたいきさつからだった。
どんと祭とは、小正月(1月15日)の前夜に神社の境内で行われ、門松、注連縄しめなわ、松飾りなどの正月飾りを焚き上げる行事だ。燃え上がった炎の煙に乗って、正月の間各家庭を訪れていた神々が天上に帰ると伝わる。この「御神火」にあたることで、下々の我々も身が清められ、一年間無病息災・家内安全などのご利益を得られる。
県内各地で行われるどんと祭の中でも大崎八幡宮のどんと祭は最古のものであり、「松焚祭」の呼び名で知られている。始まったのは約300年前。仙台市の無形民俗文化財にも指定されていて、当日は仙台市内外から来た約10万人の参拝客でにぎわう。男たちが寒さをものともせず行う裸参りも、大崎八幡宮における南部杜氏(岩手県花巻市石鳥谷町を拠点とする酒造集団)の伝統が広がったものである。
かつて成人の日が1月15日に固定されていた頃は、成人式の前夜祭としての意味もあり今以上に多くの参拝客が訪れていた。成人式の源流に当たる元服の儀も、もともとは小正月、1月15日に行われていた。数百年も前から、仙台の人々にとってどんと祭と元服の儀が「大人」になったことを噛みしめる一連の儀式であったのだろう。それは時代が流れ、元服の儀が成人式になっても変わらなかった。
成人の日が1月第2月曜日と改められた現在では、どんと祭の翌日に成人式が行われることはもうない。
さて、前書きはここまでにして、いざ行かむ、どんと祭へ。
大崎八幡宮境内は依然盛況だったが、午後9時という時間のおかげもあって、思いのほかスムーズに回ることができた。やはり圧巻だったのは御神火だ。近づくと炎の熱が伝わってきて、心が清められていくようだった。私は正月飾りを持っていなかったので手ぶらでいったが、どうやら紙なら何でも投げ入れて良いようである。炎に包まれていくGUの袋がやけに印象に残った。見渡してみても、正月飾りを投げ入れる人の姿はほとんど見えない。伝統離れが叫ばれる現代では、せっかく地上に降りてきた神様もGUの袋を燃やして排出された煙に乗って帰っていくようだ。
来年また降りてきてくれるのか、心配である。
と、その時、燃え盛る御神火の中に赤い頭を発見した。達磨だ。この国の伝統はまだ死んでいなかった。安心して御神火を浴び、この一年を健康に過ごせるよう祈念して八幡宮を後にした。

