「感じる」にした理由。
今大変な腰痛なのですが、いろいろな人がいろいろなアドバイスをくれるわけです。
私は自分がないので、いろいろな方法を試すけど結果効果がどうだったかもよくわからない。
そうじゃなくて、自分が気持ちがいいとか、ちょっと腰が軽くなったとか
そういう感覚こそが大切なんじゃないかって思った。
ダイエットも。
何を食べるとか何をするとか栄養の計算とかじゃなくて、
自分が何を食べれば満足して、何が好きなのかもっとちゃんと感じようって思った。
クレープとかチョコレートがあれ?って思うくらいおいしいって思わなかった。
こういう感覚が大切だと思う。
今の好物は出汁とった味噌汁。
(出汁だって出汁とった方が本格的な気がするって義務でとってた。
今はおいしいからだしをとる。そんな違いが私の中ではとても大切。)
最近信念レベルでよいと思っていることと頭レベルでよいと思っていることが不一致で、
そのせいで周りを巻き込んでキーキーしているな、と思って。
例えば、子どもに自主性を持たせたい、任せたいって頭では思っているけど、
信念はまだ手伝いたい、ちゃんとやらせないと…ってなってる。
だから、どっちの自分もでてきてて、
言っていることとやっていることが違って非常によくないなと。
こんな状態で子どもに言えることなんてないよなって改めて思って、
この辺はまだまだ向き合いが必要なことだなと思った。
2026年も、もっと自分のことを知りたい。