このお店へ行くのは、恐らく20年ぶり?神楽坂を今でもうろうろするのに、すっかりご無沙汰に。

この日は「昭和の雨女」とサッカー観戦仲間に言われた私だけあって、冷たい雨が降っていました。


学生時代に教えてもらった小さなお店「インドール」。
社会人になってからも、こういう定食屋さんが好きなHちゃんと、何度か行きました。だけど、徐々に行く機会が減り、忘れていたのです。


ここにも何度か書いていますが、私の父親が結核になった父親(私の祖父)の代わりに働かなくてはならなくなりました。
父は苦学して大学を卒業、そしてバイトをしながら奨学金を貰って、アメリカの大学院を出ました。
自分が苦労したら、子供には優しい両親が多いのに、父は金銭に厳しく変人なんでしょうね。
それで、私や弟が大学に入る前、自分で稼いで卒業しろと言われました。

大学時代は、安い学食も滅多に利用せず、ほとんどお弁当を作っていました。飲み物も自販機や生協で買わず、水筒です。

そんな節約生活で、論文提出に必要だった英語の📖書籍の殆どが、国内の大学になく、三省堂や八重洲ブックセンター、丸善でお願いしていました。
珍しい本は、直接、英国の老舗本屋「フォイルズ」に注文していました。

現在なら、海外の大学にある蔵書を無料で閲覧できるから、書籍代金は明らかに昔より減ったでしょう。
バイト代は学費と書籍代で殆ど消えていきました。(おまけに、実家にいたので2万円を毎月、食費、光熱費として徴収されていました)

夕方までバイトしてから、届いた本を受け取りに出掛け、たまーに立ち寄ったのが、カウンターのみの「インドール」です。

それと、日本橋の丸善にかつてあった(改装後、無くなりました)小さなカウンターのカフェにもバイト代が少し潤った時に行きました。あの小さな空間が好きだったなあ。


インドールは、豚肉の生姜焼きのほうが人気がありますが、今回はカレー500円にしました。
個性が際立つ味ではありません。
でも、自分にはとても懐かしい味です。

こちらの無口なおじ様と優しく声がけしてくれるおば様の二人が、インドールの魅力なのだと思います❤️
飯田橋駅界隈のベストカップルです。


私がおば様とお喋りしている間に、カレーを頼んだ人は3名。(そのうち1名はカツカレー)カツカレーは、冷えたカツなので、直ぐに出てくる一品。忙しいかたには、インスタントカレーのようなもの。
アツアツの本格的カツカレーは、期待しないで下さい。

カレー注文者以外は、ニンニク焼きが二人、そして生姜焼きが一人でした。
女性のお客様は私が滞在中、誰もいませんでした。

下の画像は、お決まりの「サービス」の副菜。
その日、時間帯によって、自由自在に内容が変わります。
野菜が付くのは嬉しいですよね。


ふと見上げると、張り紙に4月26日までの営業!

(*´;ェ;`*)💧💧💧

ここの通りにある小さいお店は全部、老朽化したビルの建て替えで無くなるのだそうです。

大家さんは建て替えまで1年以上、時間があるから、このまま更新しますか?とお話をしてくれたのよ、、とおば様が話し続けます。

「私達はね、平成が終わる時に、店仕舞いしようと決めていたの」とおば様は静かに語りました。

この張り紙の左横に、もうひとつ張り紙があります。
そこに書かれていた言葉に、私は頷ける部分もあります。
けれども、ある時代の一部を、一人に責任転嫁はできないから、躊躇してここには、載せません。
気になるかたは、お店でご覧になられてください。


おば様は、私の母とは変わらない年齢。おじ様は父親より、年上です。

この狭いカウンターに日曜だけの休息で立ち続け、その継続力に尊敬します💓



「これね、私が作ったの。持って帰ってね」

袋に入れて渡されたクランベリーとレーズン(食べた感じで判断)のパンは、ずっしりと、重たかったです。

その重さは、50年続けてきたご夫婦の人生とここ「インドール」にやってきたお客様との思い出の数々だと、私には感じられたのです。
(久々の「インドール」で、感傷的になっています)


…翌日、実家で母とおば様の手作りパンをトースト。とても美味しかったです。

母はてっきりパン屋で購入したと勘違いして、「昨日のパン、美味しかったからまた買ってきて」と後でメールが届きました。