※すみません、特に理由はないのですが、日をずらして4月9日の投稿にしました。
今日は2021年4月8日。
35年前は1986年4月8日。
もう35年前の話。
私は一浪の末、第一志望ではなかったが大学が決まり、都内の自宅から引っ越しの準備を終えた日。
それがちょうど昼過ぎだったか。
机とベッドだけ残して、あとはガランとした自分の部屋で、いよいよ人生初めての一人暮らしを始めることに、ワクワクしたり不安になったり。
父親は仕事の都合でアメリカに単身赴任しており、私が一人暮らしになるということで母親も近いうちにアメリカに引っ越すことになっていたから、もうここで家族みんなで過ごすこともないかも、という寂しさもあったり。
そんなことを考えているうちに時刻は午後1時が近くに。私がこれから4年間一人暮らしをする拠点に移動する時間が近付いてきた。
「そろそろ出かける準備でもするか」と思い、居間にいた母親のところに行った。
テレビでは「笑っていいとも!」のエンディングをやっていた。
食卓の椅子に座って、何の気なしにテレビを見ていたら、臨時ニュースが。
「岡田有希子さん自殺!」
これはショックだった。言葉にならなかった。
当時私の一番お気に入りのアイドル。
実に可愛らしいし、歌唱力も抜群。ドラマにも挑戦したりしていたけど、やっぱり歌手の彼女が一番良いと思っていた。竹内まりや作品のデビュー曲からの3曲のシングルは「学園3部作」と言われていて、彼女と同世代だった私はついつい感情移入してしまっていた。術中にハマっていた、ということだろうか。
そんな彼女の突然の出来事。
何故そんなことになったのか、後にいろいろと報道されたりすることは当時知るはずもなく、どうしたら良いのかわからなくなった。でも流石に母親に狼狽えるところを見られたいはずもなく、冷静を装って「じゃ、そろそろ行くね」と母に伝え、自宅を出発した。
どんよりした気持ちでの新たな拠点への移動。もうちょっと前向きな気持ちで行ければよかったのだけど、前向きになれるはずもなく。
「今頃テレビでは大騒ぎだろうなあ、でも何があったかは知る必要もない、でもどうしたんだろう」と、ずーっとそんなことを道中考えていた。
多分ボーッとした表情だったのではないかと思う。
それが35年前の今日だったんだ。
今でも好きな曲。2021年にもなると、こんなどストレートなメルヘンチックな歌詞に出会うことはまずないから、かえって新鮮だと思う。彼女の2枚目のシングルで、「学園3部作」の1曲。竹内まりや作詞・作曲(編曲: 大村雅朗)で、いつでも35年前に戻れる名曲。
ではでは。