尖閣諸島 魚釣島に設置されていた琉球政府警告板。米国民政府に申請しその予算で立てた ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
米国民政府布告第27号 昭和28年(1953)12月25日
琉球列島住民に告ぐ
1951年9月8日調印された対日講和条約の条項及び1953年12月25日発効の菴美諸島に関する日米協定に基づき、これまで民政府布告、布令及び指令によって定められた琉球列島米国民政府及び琉球政府の地理的境界を再指定する必要があるので、 本官、琉球列島民政副長官、米国陸軍少将、ダヴィド・A・D・オグデンは、ここに次のとおり布告する。
第1条 琉球列島米国民政府及び琉球政府の管轄区域を左記地理的境界内の諸島、小島、環礁及び岩礁並びに領海に再指定する。
北緯28度・東経124度40分を起点とし、第2条 前記境界を越えて境界の設定又は管轄の実施を指定する琉球列島米国民政府布告、布令、指令、命令、又はその他の規定はここに前条に準じて改正する。
北緯24度・東経122度、
北緯24度・東経133度、
北緯27度・東経131度50分、
北緯27度・東経128度18分、
北緯28度・東経128度18分の点を経て起点に至る。
第3条 この布告は、1953年12月25日から志向する。民政長官の命により発布する。
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琉球政府章典 米国民政府布令第68号 昭和27年(1952)2月29日
第1条 琉球政府の政治的及び地理的管轄区域は、左記境界内の諸島、小島、環礁及び領海とする。北緯28度東経124度40分の点を起点として北緯24度東経122度北緯24度東経133度北緯27度東経131度50分北緯27度東経128度18分北緯28度東経128度18分の点を経て起点に至る。
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尖閣列島における警告板の設置について
琉球政府出入管理庁
1 資金 米国民政府支出 $6,150
経費内訳
工事費 $4,150
傭船料 $1,700
旅費その他諸費 $965
2 設置場所および設置数
魚釣島(2本)、北小島(2本)、南小島(1本)、
黄尾礁(久場島)(1本)、赤尾礁(大正島)(1本)
3 警告板の材質、大きさ
材質 コンクリート
4 警告文:添付別紙のとおり
5 竣工:1970年7月12日
6 設置後の不法入域防止対策
(1)米国民政府は、1968年8月、中国人50人に対し、尖閣列島への入域を許可し、1969年4月には同じく78名の入域を許可したが、これらの有効期限は、1969年10月30日であるので、同日以後同縞への上陸は総て不法上陸であることは明確である。
今回、警告板の設置も終えたので、できるだけ速やかに、警察との協力により不法上陸者の逮捕など実施して従来より強硬な措置をとり、中国側への注意を促す必要がある。
(2)尖閣列島への警備艇の派遣には多額の資金を要する。(「ちとせ」の5日間出動に要する経費は約1,000ドルで、この中には、警察官の旅費は含まれない。)
このような資金上の問題のほか、不法上陸、領海侵犯などは外交上の重要な問題であるので、その面の配慮を願いたい。
Entry into any of the
Ryukyu Islands including this island, or their territorial waters other than in
innocent passage, by persons other than the residents of the Ryukyu Islands, is
subject to criminal prosecution except as authorized by the U.S. High
Commissioner.
By Order of the High Commissioner of the Ryukyu Islands.
告示
除琉球居民及不得己之航行者外、任何人等、未経美国高級行政長官核准、不得進入琉球列島及本島之領海及領土内・如有故違、将受法律審判、特此公告
美国高級行政長官令
警告
此の島を含む琉球列島のいかなる島またはその領海に琉球列島住民以外の者が無害通行の場合を除き、入域すると告訴される。但し琉球列島米国高等弁務官により許可された場合はその限りでない。
琉球列島米国高等弁務官の命による
Erected by Government of
the Ryukyu Islands
琉球政府建立す
琉球政府立
(1970.7.14.復帰準備委員会、日本政府および琉球政府へ送達す)
*1955年3月2日 第三清徳丸襲撃事件 救助を求めた中国旗を掲げた2隻のジャンク船の兵士に射殺される。
1968年 南小島不法占拠事件で琉球政府、不法滞在の中国人に退去命令。
米国施政権下といえ、当時の自民党内閣は、何ら外交努力をしなかった。今日に至る中国の横暴を許す切欠である。尖閣で日中共同開発構想があるが、とんでもない事である。米国占領下で沖縄県民が生命かけた領土である。本土復帰とともに官僚依存の自民党政権で中国に付込まれたといえる。 次回は自民党政権下に許した中国による数々の国境侵犯を書きます。
