Hirono Becomes First U.S. Senator Born in Japan
途中開票状況
| US Senator | (0 of 252) | ||
|---|---|---|---|
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(D) HIRONO, Mazie | 104,072 | 63.90% |
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(R) LINGLE, Linda | 58,807 | 36.10% |
【ロサンゼルス共同】6日投開票された米ハワイ州選出の上院議員選で、福島県生まれの日系1世で民主党のメイジー・ヒロノ下院議員(65)が共和党のリンダ・リングル前同州知事(59)を破り、初当選を確実にした。米CNNテレビが伝えた。ヒロノ氏の選挙事務所によると、アジア系女性の上院議員は米国初。
ヒロノ氏は現在の福島県桑折町などで育ち、小学生のころ、アルコールと賭け事に溺れた父親と別れた母親に連れられてハワイに移住。母親は日本語の新聞社などで複数の仕事を掛け持ちする貧しい生活の中、1人で3人の子どもを育てた。
ヒロノ氏はジョージタウン大法科大学院などで学び、ハワイ州下院議員を経て1994年から州副知事を2期務め、2007年から連邦下院議員。今回の上院議員選では医療保険制度改革への取り組みなどが評価され、支持を集めた。東日本大震災後には、米側で日米関係の重要性がさらに意識されたとして「関係強化に尽くしたい」と述べていた。ハワイ州選出のもう一人の上院議員は、同じく日系人で民主党の重鎮ダニエル・イノウエ氏(88)。
Associated Press略歴:
Mazie Keiko Hirono(日本名:広野 慶子1947年11月3日生まれ)は、福島県伊達郡睦合村(現・桑折町)に生まれた。小学校1年生まで睦合村村立小学校に通う。その小学校のピアノは、ハワイ睦合村村民会から寄贈されていた。 1955年、母親の広野千枝子が「酒乱でばくち打ち」の夫の暴力から逃れるため3人の子供を連れハワイに移住したのを契機に、8歳の時からホノルルで育つ。貧しかったため裸足で小学校に通学し、新聞配達などをして家計を助けた。1959年にアメリカに帰化。ハワイ大学マノア校で心理学を学び1970年卒業、その後ワシントンD.C.のジョージタウン大学ロー・スクール(法科大学院)を1978年卒業、弁護士資格を取得した。1980年から1994年までハワイ州下院議員を務め、1994年からフィリピン系ベンジャミン・カジェタノ知事の下で副知事を2期務めた。知事はフィリピン系アメリカ人として初の州知事で、彼女もまた日系人一世として初めての副知事であった。2002年のハワイ州知事選挙に民主党から立候補し、共和党女性候補リンダ・リングル(今回上院選でも対抗馬)と戦うが惜敗した。2006年、連邦下院議員選挙にハワイ州第2選挙区で民主党から当選し、2008年選挙でも下院議員選挙に立候補し再選された。今回、上院選に立候補。
彼女の母は多分に英語を解せぬ親ですが、子供のため暴力と貧しい戦後日本から米国へ脱出された。働き者で愛情深い昔の日本女性の姿を感じます。困難の中で忍耐強い母ありて娘あり。
彼女の世代ベビー・ブーマーは地方では進学率が低く中学出ると就職列車で多くが都会へ出た。広野さんが日本国内に居らしゃたら東北の山村の貧しい家庭から日本社会で指導層に上り中央政界まで歩めたでしょうか?
広野さんは女性の地位向上や教育問題に関心が強いそうです。合衆国では返還義務の無い奨学金制度が整い、また何処の町でも篤志家が居る そうです。貧困層の子供も進学を断念せず能力に応じ教育機会を平等に受け、やがて社会に恩返しする。親の子供を育てる義務は当然ですが、良い子を育てるに社会と政治が手を差し延べる事について日米で差があるようです。
日本では家庭や出身で同じ国民同士に優越意識や差別が横行しています。富裕層子弟でも無能なら排除し、有能な人に機会を与える社会こそ国を栄えさせる。多くのヒスパニックや黒人も国家に忠誠意識が高い米国と低い日本。
日本の衆議院議員定数は480人に対し、米国上院は100人です。人口を比べると日本127百万人に対し、米国は314百万人。数字でみても上院議員は、米国政界で日本の大物代議士以上の有力者なのです。米国並の人口割りだと、衆議院定数は40人なのです。
大統領は移民二世ですが彼女は移民一世なのです。アメリカンドリームを実現できる自由と民主主義を尊ぶ米国社会に見習うべき課題が日本の政治と社会にあるようです。
1952年の写真。左からメイジー、母、ウェイン、ロイ(敬称略)

