shinのブログ

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貧困は宗教を呼ぶというが、暇を持て余していると余計な事ばかり考えてしまい、
出口の見つけられようもない無駄な思考に耽ってしまったりする。

自分を見ていれば、おのずと人の愚かさは理解できるはずだが、中には自分をちゃんと見れない者も少なからずいるようだ。                          
自分がいかに無知であるかを理解する者ほど思慮深い行動や発言をできるだろうとは
過去の偉人の格言にもあるが、100%自分は失敗なく生きていると考える者もいるようだ。責任回避のための発言かそれとも本気でそう考えているのかは知る由もない。しかし、人前でそう振る舞う事ができることが羨ましいとさえ思えるときがある。 微笑みながら悪魔になれるというのも過去の偉人の言葉だが、思考のシンプルな私には人嫌いの出発点となっている。
それでも人である以上、人の言葉に励まされ助けられ家族や自分を取り巻く多くの人々が日々の自分を作っていることも間違いないと思う。人の良さも痛感している。
日本社会の中ではしばしばアウトローのレッテルを貼られがちだから正当化のため言うわけではないが、今の風潮では人、物、金、時間その他全ての動きが慌ただし過ぎて
自分がなぜ生きているかなどと考える暇さえ与えられない様な気がするが、どうなんだろうか。
浅はかな知識ではあるが、海外の田舎町での人々の暮らしぶりを見るにつけ、そのおおらかな生き方に心動かされることは少なくない。こういった情報が私を日本嫌いにさせている理由に他ならないのであるが、実際に経験したわけでもなく自分のことが好きになれない人間の現状離脱のいいわけなのかもしれない…。
自分の過去が現在の自分を形作っているのは十分に承知しているのでそれをことさら社会や他人の責任にするつもりはさらさらないが、期待や情熱を持てなくなっているのも事実かもしれない。

それでもなお、時として大きな期待を膨らませてしまうことがある。やっぱり人だ。   
当然ながら相手があることだから自分の思い通りにならないことも当たり前のことで、あれこれと悩んでしまうことも仕方のないことで悩んでもなるようにしかならないのは事実なのだが、割り切れないのも然り…。
と、パンが焼けるまでの間、とめどない期待と割り切りの葛藤に苦悩させられている…。
というか、ほぼ一日中である。  ^^;