2021年10月19日
血便が出て、父とかかりつけ医へ(私は仕事)
かかりつけ医からは早急に大きな病院へ行くよう紹介状を渡させる
済生病院へ
血液検査、CTなどなどいろんな検査をし重篤な病気の可能性があるのでPETCT検査をするように言われる
2021年10月28日
済生病院でPETCT検査
2021年10月29日
検査結果は胆嚢癌ステージ4何もしなければ余命半年
リンパ節転移あり、手術は出来ない
どうしますか?と。
突然のガン告知の上、ステージ4
、余命半年
私は頭真っ白、
その時の母は「生きたいので治療します」と即答。
11月1日から入院し、抗がん剤治療することに。
(※後日談 母曰く、自分がガンだとはどうしても信じられなかった。今現在(2022年4月)も同じことを言っている。)
※※血便の原因は胆嚢と大腸が癒着しているところからの出血とのこと。
2021年11月1日〜11月30日
入院
飲み薬の抗がん剤→めちゃくちゃ強いやつ
点滴の抗がん剤
当初2週間の入院予定だったが
抗がん剤の副作用が尋常でなく、結局ひと月に。
1番酷かったのが口内炎。
口の中(口腔、舌、歯茎)だけでなく、
喉までもがただれて声が出なくなった。
もちろん何も飲めず食べられず。
高熱
下痢(看護師からオムツを持ってきてくださいと電話有り)
白血球減少、感染症予防のため大部屋から個室へ
輸血
2021年11月17日
担当医と面談
母の状態
輸血の原因を教えてもらう→貧血が酷いため
感染症予防のため母へは会えず。
コロナ禍のため、ひと月母に会えず
ほとんど電話も出来ず。
このひと月は瀕死状態だったと思う。
2021年11月30日
退院
ひと月ぶりに母に会う
頭髪、眉、まつげの脱毛
手足の皮膚が、ズル剥け(私的にはこれが1番ショックだった)
もちろん口内炎はまだまだ治らず、しゃべるのもツラそう
※まるで被爆したかのような姿にショックを受ける。
抗がん剤は良いところまで身体を痛みつけるものだと…
78歳の母、よく耐えたと思う。
2021年12月7日
診察日
これからの治療法として、とにかく体力の回復、食べられるように。
強い飲み薬の抗がん剤ではなく、強くはない点滴の方をやっていきましょう。
様子見るために、入院して点滴治療。
2021年12月13日
入院
点滴の抗がん剤は強い副作用もなく、通院で大丈夫そう。
2021年12月17日
退院
2021年12月21日
通院点滴
2021年12月28日
通院点滴
※通院点滴の流れ
朝8:40〜血液検査
血圧、体温
医師の診察でOK出たら2階の化学療法室で点滴。
母の場合約2時間
体調良ければ、病院の食堂でランチ
シーフードスパゲティ、たらこのクリームスパゲティがお気に入り。
会計
調剤薬局へ(薬が特殊痛み止めのモルヒネパッチなどなど在庫なしのときもあり家まで届けてもらうことも)
2022年1月11日
通院点滴
この日は血液検査で腫瘍マーカーも調べた
最初106あったが33まで下がっていた
腫瘍も小さくなっている
※ツラい抗がん剤治療やったかいがあったと嬉しくなる
2022年1月18日
通院点滴
2022年1月25日
通院点滴
2022年1月24日
大学病院へ
2ヶ月に1回肩関節の診察
(入院中は行けなかったので久しぶりに担当医お二人に会い労っていただく)
次回は7月
2022年1月31日
無呼吸症候群の診察
器械は使わない方向にしたので、ひとまず終了
2022年2月8日
通院点滴
2022年2月15日
通院
食欲不振、、気持ち悪いのが続いていて食事がとれない
今日は点滴お休み
隔週にしてみようか、と。
2022年2月22日
通院点滴
2022年3月8日
通院点滴
2022年3月22日
通院点滴
2022年4月5日
通院点滴
CT検査
2022年4月6日
夕方母のところへ行ったら
起き上がれず、めまいと震えあり
病院へ電話→救急車で来てくださいとのこと
症状落ち着いて夜10時頃帰宅
※昨日から痛み止めパッチの量が増えたからか、貧血も良くない
2022年4月19日
通院点滴
腫瘍マーカー40に上がって腫瘍も少し大きくなっているね、とのこと。
点滴3週連続で出来ないかな、と。
貧血もこれ以上悪くなったら輸血ですね、と。
※いっとき、吐き気どめがよく効いたのだが最近また食べられなく、痛み、疲れが酷い様子
