常識だとか普遍的価値なんて言葉がある。例えば、学校にはいくものだ、挨拶をしよう、所謂こうすべき、それが人としての生き方。などなど。


しかし常識とか普遍的価値は本来ポリティカルな背景が生み出した考え方であって、各個人個人が心底同意しているものでは無い。


例えば、各個人の頭の中には100100通りの世界が存在している。世界とはこうゆうものだと言うのが100通りある訳で、そう考えただけでも常識、普遍的価値は存在するはずもなく、それは人工的集団的に作られた幻想だと言う事になる。


ところが、ここで問題なのは、人々はその幻想に重きをおき、反面自分の頭の中身体の中にある唯一真実の世界を第一とは考えず生かされてしまう。


だから社会全体と自分の間に歪みが生じた場合とたんに生きづらさを感じさせられる事になる。


生活をしていると、何かを判断しなければならない事は一瞬一瞬訪れますが、それを常識とか普遍的価値と言う幻想いわば実態の無いものを重きに置くのではなく、唯一自分の心の中にある世界に耳を傾けたいと、自戒も含めこう思います。