12/17までに10日間限定連続投稿を行ってきました。当初は書こうと思ってる曲だけある程度決めて、半分以上は初期に書いた曲を加筆・修正して出そうと思っていましたが、なんだかんだで7曲は新規に書き下ろしたものとなりました。
中でもMY LITTLE LOVER「白いカイト」以降の曲については、今回の連続投稿に纏わるテーマ性があったこともあり、合間を縫って何とか書くことができました。
9/23(火)、祝日の22:00にそれは突然やってきたのでした。
井上梨名 卒業のお知らせ
かねてからブログでも書いていましたが、私は櫻坂46のファンでもあり、とりわけ推しているメンバーが井上梨名さん、大沼晶保さん、松本和子さんです。
井上さんと大沼さんは2年前のこの時期に櫻坂のファンになった当初から惹かれて推しているメンバーでもあり、その魅力にどっぷりハマっていきました。
2年前、私的なことでかなり落ち込んでいた時に櫻坂46と出会い、そして一番にその魅力に惹かれて推しになったのが、井上さんでした。
屈託のない笑顔、周りを明るくさせるバラエティセンス、それでいてなかなかの人見知り、だけどもツアー先のホテルで通しで練習する努力家、そして相対音感に裏付けられた歌唱力。そのどれもが素敵で、可愛くて、美しくて。「国民の初恋」と称するだけあって、私におけるアイドルの「初恋」は井上さんでした。
井上さんに出会ってなければ今の私は居ないと言っても過言ではありません。
初めてお会いしたのは2024年4月7日の幕張メッセの「リアルミート&グリート」でした。お会いするとスラッとしていて変わらないニコニコの笑顔で接してくれてますます大好きになりました。この時のことを今でもよく覚えています。当時仕事で辛いことがあったこともあり、今となれば最初で最後の「お願い」で「頑張って!」と言って頂きました。今もその言葉を胸に頑張り続けている次第です。
それからは本格的な推し活に邁進してきました。サザンオールスターズ・山下達郎さん以上に熱心だったかもしれません。幕張メッセにも京都パルスプラザにも行きました。オンラインにも必ず1回以上は行きました。井上さんがテレビでグルメを紹介すればそのお店にも足を運び、井上さんが櫻坂チャンネルでかき氷や一人焼き鳥をすれば私もかき氷と一人焼き鳥を嗜み、井上さんがCoCo壱番屋一週間生活を送れば私も全く同じメニュー、同じご飯の量、同じ辛さで一週間生活を送り、サクラミーツでメニューを考案すれば、テレビ朝日のテレ朝夏祭りで実際に食してきました。ライブにも名古屋、東京ドーム、ZOZOマリンスタジアム、幕張イベントホール、京セラドーム大阪、ぴあアリーナMMに行きました。そして何処かに出掛けるにも必ずグッズを身に着け、まさに井上さんとともにこの2年間を過ごしてきました。
そして最初に触れましたが、9月23日。卒業が発表された時はあまりにも言葉にならず、色々な感情がごちゃ混ぜになっていました。悲しみ、寂しさ、喪失感が止めどなく渦巻いていました。推しが卒業するという経験が初めてだからこそ、余計に感情がよく分からなくなっていました。時が経ってもまだなかなか実感が湧かない状態で過ごしており、その間にもミーグリで会ったりしていましたが、敢えて卒業に触れず「いつも通り」の状態でお会いしていました。
12/9には神奈川・ぴあアリーナMMで開催された「13th.SINGLE BACKS LIVE!!」にも行って来ました。そのライブが終わっていよいよ、という時に急に卒業を実感するようになり、再び寂しさを感じてきて心に穴が空くようなそんな面持ちになっていきました。
そして迎えた12月17日。「Buddies感謝祭2025EX 井上梨名卒業セレモニー」(千葉・幕張イベントホール) に行って来ました。





卒業セレモニーを観るのは今年の小池美波さんの卒業セレモニーを配信で観た時以来ですが、生で見るのは初めてでした。
井上さんがメインパーソナリティを務めるニッポン放送「櫻坂46 こちら有楽町星空放送局」の出張版を行い、ライブをするなど「いつも通り」といった様相で進められてましたが、いざ「卒業セレモニー」になるとやはり寂しさが強くなってくるものです。そして井上さんが白とピンクのドレス姿で「ずっと 春だったらなあ」をアカペラで歌い出したところで私は涙腺が崩壊しました。
暫く立ち上がるとも出来ず、この2年間の想い出が鮮明に頭の中を駆け巡ってきたのでした。「ずっと 春だったらなあ」は櫻坂46の曲の中でも特に好きな曲で、ライブで生で聴いたことが無かったこともあり、余計に感情が押し寄せてきてしまいました。同時に井上さんが遠くに離れてしまうのを肌で感じてしまうのがわかった瞬間となり、止めどなく涙が溢れ出てしまいました。
井上さんが言葉を紡いでいる時も、涙を我慢しながらも所々声が掠れて涙ぐんでいる姿に、こちらが涙したりして。そして同期・後輩からの言葉にも胸打たれて。
終盤、ゴンドラで場内を1周している井上さんに必死にペンライトを振ってタオルを掲げていた時、近くに来た井上さんが私の方に向かって振り返してくれたと思っています。
「確信的クロワッサン」で大団円となり、会場中の「いのり!」コールも大声で、私の声が井上さんに届くように懸命に送りました。
今でもあの空間に居たことは夢なんじゃないかな、そう思うくらいしばらくはフワフワした気分になっていたと思います。
幕張で始まり、幕張で終わった「いのり推し」でした。
いのりが居たからこそ、ここまで頑張って来れました。私にとっていのりは人生の支えでもありました。何度も助けられ、何度も励まされ、何度も救われてきました。本当に感謝でいっぱいです。
新参者であるが故の知識不足、そして欅から推されていたり、私よりも前に推してる方に比べたら、時間も熱量も到底敵いません。それでも2年弱という期間でも7年分の愛情を注いできた自負はあります!!
いのり、本当に卒業おめでとう!!
そして本当にありがとう!!
これからもたくさん幸せになってね!!


