先々週の旭川匠工芸でディスプレイされてた
木で作ったふくろう。
背景が森なので まるで飛んできたみたい。
昨日、よっしーがPKOの会の夜の食事会に
ぷさこの代わりとのことで参加した。
PKO会とはピンコロリンの会という名称で、
グループ会社の役員OBで
作られたおじいちゃんたちのゴルフの会での名称である。
毎月 ぷさこに送られてくるPKO会出席予定メールを見て
ごたいそうな会かと思いきや
「ピンピン生きて死ぬときはコロリンと逝くのが理想」
から名づけられたと聞いた時は笑ったものだ。
よっしーがゴルフより植物に興味があるものだから
代わりにぷさこが紅一点で参加し、
夜の宴会にはよっしーがでるのがお決まりでした。
そんな会の前、先日亡くなったぷさこのいとこの
ノエちゃんの実家が近くだったので
よっしーはお参りにと寄ってきたそう。
そしたらノエちゃんの父親であるリキちゃんが
こんな話をしてくれたそうだ。
つい先日の夜12時ごろ、家の中でガサガサと
何かが飛んでる音がした。
ちょっと探してみたが、よくわからない。
まぁ、明日の朝明るくなってから探してみようと
思ってその日は寝たそうだ。
翌朝、明るくなって確認してみると
やはり何か飛んでいる。
雀かな? 入ってくる場所なんてないのに。
と思っていると なんとふくろうの赤ちゃんだった。
夜の間 飛んで疲れたのかわからないけど
かなり弱っているようだった。
可哀想に思って ちょっと水を置いてやると
その時は一瞬すごく元気になって
お水を一生懸命飲んでいたそうだ。
そしてしばらくして様子を見に行くと
ふくろうの赤ちゃんは力尽きて死んでいた。
あぁ、これはきっとノエちゃんだね。
リキちゃんと奥さんはそう思って話したそうだ。
ここからはノエちゃんが亡くなった時の話になる。
ノエちゃんは15年以上前から拒食症だった。
入退院も繰り返していたが旦那さんも転勤が多かったため
最後の5年ほどは実家ですごしていた。
リハビリとして毎日食事の買い物に行っていたが
ある日 突風が吹いて飛ばされてしまって
大腿骨を折ってしまい、手術入院をしたりしたので
更に筋肉が落ちて弱ってしまっていた。
年末、ぷさこの病状を話した時、その弱った体の状態で
ノエちゃんは会いに来てくれた。
正直、見た目的には ぷさこよりノエちゃんの方が
死期が迫っているように見えていた。
ノエちゃんも自分の体調を感じていたのだろうか。
そんな体にもかかわらず、
「夫婦はやっぱり一緒にいないといかん」
と言って、1月5日に単身で旦那さんが住む福井に
引っ越すのだと言っていた。
「ふさちゃん、また必ず会おう」
帰るとき そうやって言ってた体に似合わないノエちゃんの
しっかりした口調。
「また」はない。
みんながそう思っていたと思う。
私もこらえきれなくて泣いた。
福井に行ったノエちゃんは、次第に寝たきりになり
褥瘡もできてしまっていた。
包丁も握る力もなかったそうだ。
そんなノエちゃんを一人置いて 旦那さんが実家に帰っている間に
飲んだ水が肺に入ってしまい、呼吸困難になって
ノエちゃんは亡くなった。
はたからみたらひどい旦那と思うだろう。
私もそう思う。
しかし通夜でのあいさつを聞いてみると
愛情はあったようなので 私にはよくわからない。
ただ弱った状況で 飲みたかった水も飲めず
一人で寂しく逝ったノエちゃんが
ふくろうになって 自分の親であるリキちゃん夫婦のもとに飛んできて
水を飲んでみんなの近くで穏やかに死んでいったんだろう、
と リキちゃんとユッコさんは感じたそうだ。
そしてリキちゃんはさらに言ったそうだ。
「ノエは昔からふくろうなんてなんの関係もない。
それだど、ふさこは昔からふくろうが好きだった。
だから これはふさこがノエにそうやってくれたんだ」
よっしーはそれを聞いて号泣したらしい。
私もそれを聞いて泣いた。
「ママは昔 お前たちにアウルさん、アウルさんて言ってたなぁ」
そういえば・・・。 そうだった。
子供のころ 絵本に出てきたのかわからないけど
ぷさこから アウルさん というのはよく聞いた気がする。
大人になっても 国内で山の方へ旅行へ行くときも
ふくろうの耳かきだの置物だのをよく買っていた。
「なんでふくろうなの?」
急に田舎くさいグッズが増えるのが嫌で聞いたことがあった。
「だってわたし 好きだもん」
子供みたい嬉しそうに土産を見ていた姿がよみがえった。
あぁ、リキちゃんの言ったことはその通りだ。
また泣けてしまった。


おうおーっ。 早起きしたのにーーー(涙)





