ともともクリニック院長 木村朗子
TOMOTOMO(友と共に学ぶ東西両医学研修の会)代表 石川家明
総合診療医 川下剛史

 

 

 『19番目のカルテ』は19番目の科として新たに設けられた<総合診療科>を舞台に若き医療者が自分の道を模索して奮闘する本格的医療マンガです。
 現代医療は高度な発達とともに専門科にわかれ、それがゆえに多くの科でたらい回しにされ、患者の病を総合的に診られなくなったという批判もあります。専門分化のこのような弊害を、特定の専門科に偏らず、もっと総合的な手法で解決しようとするのが19番目の総合診療科の考えかたです。
 このマンガでは、新米整形外科医の滝野先生が、一風変わった総合診療科の徳重先生に会うところからお話が始まります。

 

第1話 なんでも治せるお医者さん

第1話扉絵

©️富士屋カツヒト/コアミックス

第1話をゼノン編集部で試し読み

 

 横吹さんという左腕を骨折した高齢男性の患者さんに、新米滝野先生は文句を言われながらもなんとか対応しようとしています。骨折で入院している患者さんに「喉が痛い」と言われたことをきっかけに、滝野先生の19番目の科がスタートします。さて、皆さんは「喉が痛い」と訴えられて、いくつくらい病名を思いつくでしょうか? どうやら危ない病気も隠れているようで・・・。

 

©️富士屋カツヒト/コアミックス

 

理想を持って医師になってみたが

「なんでもできるスーパーマンになりたい」
「いつも感謝されているお医者さんになりたい」
「カッコイイ医療者になりたい」
「出来るやつと言われたい」「モテたい」「ちやほやされたい」,etc.
 

 そんな夢を胸に入学式。しかし、医療者になるための授業は、基礎に臨床に、膨大な資料の山が、自分の力量不足、理解不足、努力不足を嘆いている暇もなく、押し寄せて来るので、多くの学生たちは圧倒され、息切れしていく。なんとか卒業し、国家試験に受かりほっとするのもつかの間、今度こそ、と思い直しても、やはり医学の世界は広く深く、そして細分化されているので、改めて自分の力量不足を嘆くはめになる。病院業務につけば、不注意で起こる失敗や、降りかかってくる災難の数々、周囲からの理不尽と思われる要求などにあふれているのが現実の日常。そして、だんだんと・・・、
「仕方がない」
「自分なんかには無理だ」
「なんでも治せる医療者なんて幻想だ」
と、多くの医療者の気持ちはくじけ、諦めに慣れていく。なぜならば、それは、その方が楽だから。

©️富士屋カツヒト/コアミックス


 このような一般的な「オトナになる」課程は、他の業界にも沢山あり、多くの人が経験する。この回の冒頭にある「普通の人間だもん、何でも治せる医者になんかなれやしないんだから」という先輩の言葉は、医療者でなくても私たちがだんだんと聞き慣れてしまう類の言葉の一つだ。
 マンガの主人公の1人である滝野先生も同じような悩みを持ちながら過酷な研修医の時代に入っていったと思われる。

 

咽頭痛しか症状がない心筋梗塞を診断できるはずがない、か?

 実際、確かに困難なケースは多い。医療者ならば、「そんな症状だけで心筋梗塞よ、来てくれるな」と心のどこかで思っているに違い無い。コロナ禍の時代では特に思う。しかも、実際の医療現場には、カゼで咽頭痛のある人はわんさか来院する。その中で、どの咽頭痛患者が軽症で、どの咽頭痛患者が重症なのか、ひとつのミスもなく見極めていくのは、神業に近い。でも「できるわけがない」と言った瞬間に手放してしまうものが、私たちにはあるのではないだろうか。
 この物語はフィクションである。当然、現実の医療現場では、何でもうまくやれる徳重先生のようなパーフェクトな医療者はいない。だれでもスーパーマンってなわけにはいかない。
 でも、医療職を続けていくのに理想は必要で、時にかすんでいくその輝かしい理想の姿を垣間見る瞬間が、私たちには必要だ。その姿が見えれば、そこに向かう力が生まれるから。そしてそれは、どんなオトナもかつて一度は憧れた、スーパーマンなのであって、医療者に限らず私たちに初心を思い起こさせてくれるものだ。

©️富士屋カツヒト/コアミックス

 

 

【第1話のキモ①】心筋梗塞と咽頭痛について

 実際には、咽頭痛、といわれたら普通感冒が最も出会う頻度が高い。普通感冒では、咽頭痛、鼻水、微熱、頭痛、咳などの複数の上気道症状が同時期に同程度そろう、という特徴が重要である。しかも数日から1週間かけた自然経過で改善していくのも重要な普通感冒の自然史である。
 では、横吹氏のように心筋梗塞の症状として咽頭痛が表れる場合、どのような特徴に気をつければ、見逃さずにいられるだろうか。それは、感冒のほかの症状がない(つまり感冒らしくない)、リスク因子(高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙歴など)がある、冷や汗を伴う、呼吸数が増えている、などのバイタルサインの変化、などの徴候が見られる場合だろう。

©️富士屋カツヒト/コアミックス

 

【第1話のキモ②】総合診療としての診断プロセス

 診断に至るプロセスとして、総合診療科の徳重先生の面目躍如は、生活の中に踏み込んでいることであろう。彼が初勤務で出た朝の申し送りの時の会話だ。「なぜ転倒したのだろう」との問いかけであった。現医療において、院内では患者の基盤である生活はなかなか垣間見ることはできない。第1話のラストシーンは退院時に院外でたくさんの家族が迎えに来てくれている描写であった。医療が生活に出会おうとする意想を持つ総合診療科を象徴するラストシーンであり、『19番目のカルテ』のスタートを飾るに相応しい。

©️富士屋カツヒト/コアミックス

 

●鼎談1 連載を始めるにあたって 

石川:実は私たちの勉強会参加者から「勉強会で学んだ同じような症例が『19番目のカルテ』という面白いマンガにありましたよ。」と薦められたのがこの作品を知るきっかけでした。患者さんが転倒したと聞いたら、転倒した理由に必ず目を向けようという勉強会でした。
木村:マンガを開いてみてビックリ、このマンガ、私たちのTOMOTOMO仲間が医療原案を担当しているではないか! こういうのって、仲間がどこかで頑張っているって知ることは、とても嬉しいものです。
石川:やったね~! て声があがりましたね、ほんとうに嬉しいものです!
川下:ありがとうございます。僕はあくまでも「医療原案」なので、全てのストーリーを作っているわけではなく、大きなストーリーラインやドラマパートはゼノン編集部の方々が作ってくださり、医療面の監修(実際の疾患や実現場と乖離しすぎてないか)やドラマに合った疾患や医療展開の提案を主にさせていただいています。とはいっても、疾患があり、それと奮闘する中にその人の人生や家庭環境、仕事環境などが絡んだドラマが生まれますので、物語のコアな部分の制作に関わらせていただけるという点では、とても貴重な経験をさせていただいております。このような機会を与えていただいているコアミックスゼノン編集部の皆様には大変感謝しております。
木村:著作の内容もとても勉強になるもので、かつマンガ作品としてもとても面白い。医療系の学生や初期研修医にも学習のためにぜひ読んでほしいと感じましたし、ベテランの先生方が読んでいただければ若いころを彷彿とさせ、モチベーションアップになるのでは、と思っています。
石川:SNSでも評判になっていました。一般の人たちの支持も勢いよく広がっていますし、ある病院の医局に置いとくから、皆読みなさいという書き込みも見ました。
木村:ああ、そうなるでしょうね。
川下:教育を意識して監修はしておりませんでしたが、医学書院さんが「総合診療」の雑誌で19番目のカルテとのコラボ企画として、深読み解説の連載をしてくださったり、実際に教育に使っていただいているのはとても嬉しいですね。
石川:これを契機に、全国に散らばったかつての仲間でweb勉強会を開けないか、という気持ちが仲間内でむくむくと育ち、2021年8月に第1回の勉強会を行いました。
木村:私たちだけではもったいないという気持ちです。とくに、この第1回のマンガを読んで「これはこわいぞー」と思った学生・研修医の皆さん、その怖さを忘れずに、このマンガをスタートにして一緒に勉強しましょう。
川下:学生時代に木村先生、石川先生から手ほどきいただいた臨床のエッセンスなども詰まっておりますので、この漫画を媒体としてそういったものが伝わってくれたらいいなと思います。

※勉強会(医療関係者および学生限定)の参加方法などはプロフィール欄を参照ください

 

 

参考文献

漫画:富士屋カツヒト、医療原案: 川下剛史, 2020年04月, 『19番目のカルテ』(第1巻), コアミックス, 初出「ゼノン編集部」.