丹生川上神社下社(にうかわかみじんじゃ・しもしゃ)は、奈良県吉野郡下市町に鎮座する古社で、水の神・雨の神を祀ることで知られる丹生川上神社三社(上社・中社・下社)の一つである。吉野川水系を背景とした立地と、国家的祭祀に深く関わった歴史を併せ持ち、古代から中世にかけて日本の信仰史・政治史の両面で重要な役割を果たしてきた神社である。


丹生川上神社下社の創建は極めて古く、飛鳥時代以前にまで遡るとされる。『日本書紀』や『続日本紀』などの史料には、天候不順や干ばつ、長雨といった国家的危機に際し、朝廷が丹生川上の神に対して雨乞いや止雨の祈願を行った記録が繰り返し登場する。特に下社は、吉野川下流域の水量や氾濫を鎮める神として重視され、農耕社会において欠かすことのできない存在であった。
主祭神は**闇龗神(くらおかみのかみ)**で、水源や雨雲、渓流を司る神格である。闇龗神は、同じく水を司る高龗神(たかおかみのかみ)と対をなす存在として語られることが多く、丹生川上神社三社では、上社・中社・下社それぞれに水神信仰の異なる側面が表現されている。下社においては、山間から里へと流れ出る水、すなわち「人々の生活に直接関わる水」を守護する神としての性格が色濃い。
平安時代に入ると、丹生川上神社下社は国家祭祀の場として確固たる地位を築く。干ばつの際には黒馬を、長雨の際には白馬を奉納する「雨乞・止雨の奉幣」が制度化され、天皇の名において勅使が派遣された。これは伊勢神宮や石清水八幡宮と並ぶ、極めて格式の高い扱いであり、丹生川上の神が国家運営に不可欠な存在と考えられていたことを示している。
中世以降、朝廷の力が衰えるとともに国家祭祀の機会は減少するが、下社は地域信仰の中心として生き続けた。吉野は修験道の霊場としても知られ、山岳信仰と水神信仰が融合する中で、丹生川上神社下社は修験者や在地領主、農民たちから篤く崇敬された。特に、洪水除け・五穀豊穣・雨乞いといった現世利益的な信仰が強く、地域社会に深く根を下ろしていった。
現在の社殿は、江戸時代以降に整えられたもので、簡素ながらも清浄感と威厳を併せ持つ佇まいが特徴である。境内は山と川に囲まれ、流れる水音や澄んだ空気が、古来より水神が鎮まる聖地であったことを今に伝えている。派手な装飾は少ないが、それゆえに自然と神との近さを感じさせ、参拝者に静かな敬虔さを呼び起こす空間となっている。
また、丹生川上神社下社は、三社参りの一社としても重要である。上社・中社・下社を巡拝することで、水の循環や自然の恵み全体を体感できるとされ、近年では信仰のみならず、歴史・文化・自然を学ぶ場としても注目されている。

総じて丹生川上神社下社は、水という生命の根源を神格化し、国家と民衆の双方から祈りを受けてきた神社である。古代国家の祈り、農耕社会の願い、山岳信仰の精神が重なり合い、現在に至るまでその神威は静かに息づいている。吉野の自然に抱かれたこの社は、日本人と水との深い関係を今に伝える、極めて貴重な信仰遺産と言えるだろう。



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